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<高校生の夏> 「修学旅行……かあ」 バスの中、窓の外を見ながら呟く。流れていく景色はずっと前から代わり映えをしない。 電柱、電柱、田んぼ、家、田んぼ──。まあ、田舎だからしょうがないのだろうけれど。 ──中・高、一貫で修学旅行をします、と言う言葉が校長から出たとき、唖然としたのはだけじゃないのだろう。もうね……あほか。別々にしてください、そうは思うものの、やっぱり生徒数が少ないから、しょうがないのかな──、という結論に至る。 もっと、なんていうか、マンモス高校に行きたかった。生徒数が何千人、とか、そういうの。んで、修学旅行に海外とか行ったりする。 まあ、そういうのは金がかかっている私立とかだけなので、全く縁の無い話なのだけれど。 はあ、と溜息を吐いた。 修学旅行が嫌なわけじゃない。むしろ楽しみで、眠れなかった。 どんな物、買おうかな、とか色々考えたりして……。あんなにわくわくしたのは久しぶりだ。 頬杖をつき、流れる風景に目をやっていると、横の席に座っているいつきちゃんが、「どうしただー?」と怪訝そうに問いかけてきた。溜息吐いたりしたことを言っているのだろうか。 それに「う、ううん……ちょっと考え事してて」と笑って見せると、いつきちゃんはに連れたように嬉しそうに笑い、「なら良いだよ!」と声を弾ませた。 ──ぐあ! もうっ! なんて可愛いんだ、この子は! 思わず抱きしめたくなる衝動を必死で抑える。だめだよ、……! 今、抱きついたら駄目だ! 変態に思われるかも、もっと悪かったら、今後一切近づいてくれないかもしれないんだから! 色々とそんなことを考えつつ、でも、ちょっとだけなら良いよね、と、はいつきちゃんの頭に手を伸ばした。 いつきちゃんが驚いたような表情での名前を呼んだ。 「心配してくれたんだよね? ありがとう、ごめんね」 「そっ、そんな、おらは……その、」 多分、の顔はニヤけているだろう。いつきちゃんはの言葉に頬を赤くさせ、もじもじと下を向く。 なんだこの可愛さは。この子はを悩殺しにきたのか。ハートを盗む気か。 も、もう……かわいい! 「いっ、いつきちゅわ……っ!」 「おい、ー、お前、何円持ってきた……って」 可愛い子を抱きしめて逝けるなら本望! さあ、今まさに飛び掛らん! と、腕を広げて抱き締めようとした途端、前の席に座っている元親が、ひょこっと座席の上から顔をだした。 そして、の変な格好を見とめ、眉を寄せる。 「──何やってんだ?」 「…………何も……」 表面上は平静を装ったものの、内心は涙が出るぐらい切なく感じている。有り得ないだろう。なんだこのタイミング。もうすこしでいつきちゃんを抱き締められたのに。 元親は「なら、良いけどよ」と不服そうにいい、言葉を続ける。 「にしても、なあ、何円持ってきたんだー?」 「何円って……」 「俺は三万!」 ちょっと待て。たしか修学旅行のしおりには、持ってくるお金の上限が書かれていたはず。 たしか、二万だったはず、なんだけれど……。 ……と、いうことは。 「ちょ! 多いじゃん、何で!?」 「ふふん、良いだろ」 「良いだろじゃなくて!」 「なんだよ、ほら、色々欲しいもんがあるからよ、二万じゃ足りない」 「足りるよ、普通は。……ってか、なに買う気なの?」 「木刀」 きっぱり、はっきりと言いきられた言葉には眩暈を覚えた。 ぼ く と う ! 中学生、小学生じゃ無いんだからさ! なんて突っ込みはこの際、口には出さないことにして──。木刀って一本、大体、四、五千円ぐらいでしょ? 三万円て。何本買う気、ってか木刀以外に何を買うんだろう。 唖然としていると元親は何を勘違いしたのか嬉しそうに笑い、「貸さねぇからな。ま、どうしてもって言うんなら貸してやっても良いけどよ」なんて、前半と後半で矛盾が発生している言葉を喋った。 っていうか木刀貸して貰うとか。何をするんだ。振るのか。を筋肉モリモリにさせる気か。 ……色々と言いたいことはあったけれど、なにも言わず──は元親の頭にチョップをしておいた。 京都に、奈良。修学旅行のスポットとしては定番。有名所だなあ、と思う。 こういうところは秋に来るのが美しいからか、修学旅行は大体、秋に行われることが多いらしい。 それなのに、達が今、こうやって来ている時期は春だ。 春って。まだまだ新しいクラスなじめるかな、なじめないかなーとか、胸にドキドキが詰まっている、そういう時期なんじゃないの、と思う。 ……まあ、本気で生徒数少なくてクラス替え? なにそれ、初めて聞いたよ。──なあんて、本気で思う人が居る学校なのだから、らしいと言えば、らしい。 話、逸れてる。 ……ちなみに修学旅行は今日、明日だけ。一泊二日だ。 一日目の今日は、奈良へと向かっている。 奈良と言えば東大寺。達の目的もやっぱり、東大寺だった。 バスから降り、点呼を取って、達は竹中先生を前に、東大寺への道を歩いていった。 道のりは遠く、疲れている人も居たので、途中の奈良公園で休憩することになったのだけれど。 は、ベンチに座り込み、ふう、と溜息をついてから周りを見渡した。と、視界に入ってくる多くの鹿。 「可愛いなあ」 黒い、なんだか純粋そうな瞳とか、美しそうな栗毛色の毛並みとか。触ってみたい。すごく。 にへにへと、頬を緩ませながら鹿の大群を目で追っていると、肩をつんつん、と突かれた。 首を回せば、そこには満面の笑みをたたえた幸村が立っていた。 ──手には、せんべいを二枚、持っている。 「殿、どうぞ」 と、とうとつに幸村はに一枚のせんべいを手渡してきた。 何だろう、これ。そう思いながら感謝をし、受け取り、匂いをかいでみる。すると、少しだけ臭さを感じた。 怪訝に幸村を見やると、幸村は依然として笑みを崩さず、「鹿せんべいでござるよ」と言った。 「鹿せんべいって、あの?」 「多分、殿が考えている通りのものでござる」 まじまじとそれを眺めていると、匂いにつられたのか鹿たちが寄ってきて、と幸村を囲む。 そして、を美しい黒い瞳で見つめる。 ……欲しいのかな。そう思って、幸村から渡されたせんべいを鹿に与えるように差し出す。 途端、の手に群がる鹿。そして、走る鈍い痛み。 「おわっ!?」 奇声を発して、思わずせんべいを落とす。すると、鹿たちは足元に落ちた鹿せんべいにくいつき、何処かへと行ってしまった。 手を見る。よだれでべとべとだ。鹿が、噛んだのだろうか。 ……まさか、こんなことになるなんて、思わなかった。 べとべとになった手を見つめながら、そんなことを呆然と考えていると、隣でくすりと笑う声が聞こえた。 思わず、恨みがましい視線を向けてしまう。 「……幸村」 「……っふ、すみませぬ。なんだか、おかしくて……」 大声で笑い出さないあたり、幸村なりの幸せなのだろうか。 幸村は濡れていないのもう片方の手を取り、「洗いにいきましょうぞ。ばい菌が入っているかもしれませぬ」と歩き出す。 ちょっと歩いたところに、手洗い場が会った。 手を洗いながら、は幸村に問いかけた。 「ね、その鹿せんべいって人でも食べられるのかな」 「どうでござろう。『鹿』せんべいといわれているぐらいですし……」 幸村の手の中にある、鹿せんべいを見つめる。 ──まあ、食べられる訳がないよね、ってか食べる人が居ないよね。 そうやって、笑い飛ばそうとした瞬間、幸村の腕の中にあったせんべいが一枚、横から出てきた手によってさらわれた。 「──だーんな、何してるの?」 「佐助!」 「これは?」 「鹿せんべいだ。佐助、これ、人は食べられぬだろう?」 「ん? まあ、そうでしょー。確か、ダンボールとか使われているらしいし」 まあ、噂だけどね。そう続けて、佐助はけらけらと笑う。 ……そんな佐助を見つつ、の頭に過ぎったのは、ちょっと前、話題になったダンボール肉まんのことだった。 ……何、考えているんだろう。 思わず、はあ、と溜息をついたに、二人は怪訝そうな表情を浮かべた。 奈良公園での休憩も終り、たちは又もや列になって東大寺への道を歩いた。 公園を出て、少しくらい歩いたあと、大きな通りに出た。露天が並び、人の行き来が激しい。 遠くの方には門と寺が見えて、直感的に、あれが東大寺だな、と悟った。 通りは何だかうるさいくらいの喧騒があったのに、寺の中へと入ると素晴らしいまでの静けさが身に染みた。 一般に言われる、修学旅行シーズンとは全く違う時期に来たから、中には若い人よりお年寄りの方が多かった。 修学旅行中、生徒を束ねる役目の竹中先生が、「それじゃあ、自由行動にして良いですよ」と言った瞬間、蘭丸が走り出すのが見えた。 ──蘭丸の足は速い。校内で、一、二を争うくらいに。 は平均程度には走れていると思うのだけれど、学校内では一番遅い。っていうかね、百メートルを十二秒フラットで走る人が大半だから、しょうがないと思う。 そんなことを考えていると、蘭丸が穴の開いた柱の前に立ち止まり、「ー! こっち、こっち!」との名前を呼んだ。何で。 そんなことを考えつつ、は蘭丸に近寄る。 蘭丸は穴を指差し、「くぐろうよ! が先で良いよ! 俺は後でいーから!」と嬉しそうに言葉を弾ませる。 その穴を見て、は直感的に思った。ムリだと。 なんだこの小さな穴。ありえんでしょ、こんなの通れん。 小学生だったならまだしも、は高校生、──しかも、背も体重もそれなりにある。 「む、む……」 無理。そう言おうとした時だ。何故か、背筋がぞくっとして、殺気のようなものを感じた。 全身があわ立ち、立っているのもやっとのほどだ。……だれ、こんな。首をめぐらす。 誰が、こんな殺気を。周りを見ていると、一人の男の人と目が合う。同時に増える恐怖。 ──あの人、だ。 知らない人だと、思った。けれど、視線が逸らせず、顔を凝視していたら、知っている人に思い当たった。 「な、んで……」 織田校長が、此処に。確か、学校でお留守番じゃなかったんですか。 ぐ、と出かけた言葉を飲み込む。……この痛いほどの殺気が示すに、校長はに断るな、と言いたいのだろう。蘭丸からの誘いを。 蘭丸が「はやく、はやくー!」とを急かす。は穴に視線を再びめぐらせた。 ──もし。もしもだけど。 ……尻が詰まったら……どうしよう……。 考えたくないことだ。頭を振って、その考えを何処かへと追いやり、「じゃ、じゃあ行くね……」と四つんばいになって、は穴へと入り込んだ。 確か、この穴は通り抜けることが出来たら願いが叶うんだよね。素晴らしいことだ。 けれど、はそんなこと全く気にもならないぐらい、ある一つのことを考えていた。 大丈夫だよね、尻が詰まったりとか、そんなの無いに決まってる。 嫌な考えを振り払うようにして、手を速めに動かし、早く穴を抜けようとしていたら、くん、と何かに引っ張られるようになり、体の動きが、静止した。 ──こ、れは。内心、冷や汗だらだらだ。ひ、ひっかかった? そう思いつつ、もう一度、体を動かす。と、なにかに引っ張られるようなことを感じるのは無く、なんなく穴を通り抜けることが出来た。 穴から出たときの開放感。きっとは忘れない。 四つん這いおから立ち上がり、蘭丸が出てくるのを待った。数秒もせず蘭丸はするりと穴から出てきて、「やったー! 蘭丸、二番のりー!」と何だか良く分からないことを嬉しがっていた。 ちなみにそれを見て、にどっと疲れが押し寄せてきたのは言うまでも無い。 周りを見渡すと、織田校長の姿は消えていた。 そうして、の東大寺見学は終わった。 その後、ホテルへ行き、風呂から出て、夕飯を食べ終わったあと、は泥のように眠った。 次の日。今日は京都見学だ。 今回は宿からバスで移動し、直接清水寺まで来た。 清水寺、と言えば清水の舞台だ。それと、三つの滝。飲むと頭が良くなったりするやつ。 元就は清水の舞台から、下を嬉々として見ていた。後ろに居る元親が、なにかしようとしているのにも気付かずに。 政宗は直ぐに武蔵坊弁慶の武器が置いてあるところへと駆けていって、何十キロもある、その武器を持ち上げようと試みていた。 けれど、やっぱり一人では中々持ち上がらないのか、小十郎の名前を呼び、「小十郎! Help!」と叫んでいた。 暫く、二人が悪戦苦闘しているのを眺めていたのだけれど、視界が急に何かに遮られた。 学ラン。上から「大丈夫かー?」と嬉しそうな、なんだか含んだような声をかけられる。 は顔を上げて、声をかけてきた人物を仰ぎ見た。 「慶次」 「なあ、俺と一緒に滝のところ行こうぜ、滝っ!」 「滝?」 「そう。んで、水飲もう」 「うん、良いよ!」 そういうや否や、慶次はの手を引き、「じゃあ、早く!」と小走りになった。 滝の近くには人が並んでおり、たちもいそいそと、その最後尾に並ぶ。 水を飲むには時間がかかりそうなので、は暇をつぶすために慶次に話しかけた。 「慶次、慶次は何飲む?」 「俺? 俺はなー」 嬉しそうに含み笑いをしつつ、慶次は言葉を続ける。 「やっぱり、恋だろ! 良い恋が出来るようになりてえし!」 「お相手は誰?」 からかうように言うと、慶次は「ばっ! 聞いてどうするんだよ」と、焦る。 なんだか、面白い。思わず笑みをこぼすと、「からかうなって」と、おでこをコツンと小突かれた。 「いや、だって、楽しいし……。慶次ってば、本当に恋が命なんだね」 「そりゃそうだろ! 命短し、人よ恋せよ、って言うだろ」 「まあ、うん。そうだね」 「なんだよ、変な顔」 「うるさいなあ、ほっといてよー」 の頭に手を乗せてきた慶次を振り払いつつ、は笑みを深くした。楽しいなあ。 そうこうしている内に順番が回ってきて、は自分の望む水を飲んだ。慶次も同様。 水を飲んでから、清水の舞台へと戻る。すると、元就が寄ってきて「! あやつをどうにかしろ!」と元親を指差す。 指差された元親は居心地悪そうに頭を掻きつつ、「別に、なんにもしてねえだろ。……後ろから脅かしたぐらいで、そこまでビビるとは思わなかったんだよ」と言う。 脅かしたのか。っていうかビビったのか元就。微妙に見てみたかった。 そんな事を考えていると、幸村と佐助が寄ってきて、「見てくだされ、殿!」とにおみくじを見せる。 書かれた文字は、大凶。……初めて、見た。大凶、本当にあるのか。 呆然とそれを見つめていると、佐助が「凄いでしょ。ある意味、才能だよねー」と、苦笑を漏らした。 その後、たち六人組は政宗と小十郎の近くへと歩いていく。二人は武蔵坊弁慶の武器……っていうか、杖? まあ、なにかを持ち上げて嬉々としている。 「凄いね、持ち上げたんだ」 「Yes! 凄いだろ!」 「凄いね……も持ち上げるのに加わって良い? つっても、なにもすることがないんだけれど」 「ああ」 小十郎から簡潔な返事が来たので、は二人が持ち上げているものを掴む。ざらざらとしていて、ずっしりとした重さがある。すごいなあ。 っていうか、こんなの本当に持ち上げていたのか。昔の人は凄い。 「重いね」そう呟くと、「だろ」と言う言葉が返ってくる。その言葉を発した政宗の表情には笑みが浮かんでいて、ああ、なんだか良いなあ、と思った。 と、幸村が「殿! それは、女性が持ち上げてはなりませぬ!」との手を掴んで、武器から離させた。 思わず怪訝に幸村を見ると、幸村は「女性が持ち上げては、駄目でござるよ!」と断固として言い張る。 何でだ。なんか迷信とかあるのか。 そう思っていたら、佐助がこっそりとの耳に口を近づけ、言葉を発した。 「これさ、女の子が持ち上げると、カカア天下になるって有名なんだよ」 「へ」 その言葉で一気に気分が沈んだのは言うまでもない。 頼むから、知っていてもそんなことは言わないでいただきたい。そう思った、高校生の夏だった。 (終り) 2007/09/23 |