<笑顔>



「あーあ、めっちゃ暇やわー」

「そうだな、可愛い女の子も居ないし……はあ」

「おまえら……」



 たるみきった空気に、思わず溜息を吐いてしまう。なんだこれは。俺は、……俺達は、オーストリアと戦争をしている。俺が奪ったシュレジェンを取り返そうとオーストリアとハンガリーたちが躍起になって、俺と戦っていると言うのに、この有様は一体何なのだろうか。
 フランスは、いつもと変わらずにやにやにやにやしているし、スペインに至っては「別に女の子かわええやん」やら「あーホンマ友情って辛いわぁ」やら訳の分からない言葉を口走る。何だお前は。何が言いたい。ぎろりと視線を送ると、スペインはそれに気付いて「なになにー、どーしたん」と俺の首に腕を回して体重を乗せてきた。邪魔だ。



「止めろ、それよりお前、ぐちぐち言うな」

「ええー、そんなんゆーても」

「や、め、ろ! 士気が下がるだろ!」

「別にえーやん、独り言と思っといてや」



 怒鳴るように言うと、スペインはひらひらと手を振って、俺から離れる。こいつらは、と思わず悪態をつきそうになるが、ついてもどうにもならないし、何週間も前からこんな雰囲気なので、どうしようもない。
 スペインは女の皇帝を許しているようだし、フランスに至っては領地が欲しいだけだ。大義名分など、あって無いようなものなのではないだろうか。

 スペインが「来やへんかなあ、」と呟く。その言葉に反応したのかフランスが「ああ、良いなあ……! 来てくれたら、良いのになあ」と締まりの無い表情を浮かべる。
 二人がを一日千秋のような想いで待っている中、俺は溜息をついてしまった。来てはだめだ。そう思う。来てしまったら、こいつらに何をされるか分からない。
 来るなよ、絶対に来るなよ。心の中でそんな事を考えていたからだろうか、目の前に突然が現れたとき──呆然としてしまった。

 そんな俺の様子を見て、は周りを見渡してから、小さく「……え、どうしたのプロイセン」と怪訝そうに俺の顔を伺う。
 ……なんで、こいつは。思わず、溜息をつきそうになった瞬間、の姿が忽然と消え、スペインの「ー!」と嬉しそうな声が聞こえた。……下から。


 視線を下に向ける。すると、の上に覆いかぶさるようにしてスペインが抱きついていた。
 下敷きのようになっているは「うっ」と、苦しそうな声をだし、「す、スペイン……、重いよ……」と呟く。それが聞こえなかったのか、スペインは「、ほんまに、めえっちゃお久しぶりやん!」と声を弾ませる。
 けれど、は「ちょ、どいて……」「お願い、頼みます」とだけを呻くように呟く。本当に重いのだろう。
 だが、その声はスペインに聞こえていないようで──。

 俺は溜息をつき、スペインに声をかけた。


「おい」

「はあー、めっちゃええわあ女の子ええわあー!」

「スペイン、」

「ええ匂いー!」

「……スペイン!」



 怒鳴るように言い放ち、立ち上がった瞬間──、フランスがスペインを引き剥がした。
 圧迫されていたは少しだけ咳き込むと、フランスに向かって「ありがとう、フランス」と言う。
 ……俺が、助けようとしていたのに。

 心の中で呟いてみても、結果は変わらない。俺はソファーに再び座り込んだ。
 そんな俺を見て、なのか、フランスはにやにやと笑みを浮かべながら「どういたしまして」と声を弾ませる。

 ……その声が、どうしても俺に嫌味を言っているような気がするのは、この際、どうでもいいことにしておく。



「んー、それにしても……、此処って?」

「此処か? 此処はプロイセン。プロイセンは知ってる、よな?」

「そうやで! 今、オーストリアと喧嘩中やねん」

「知ってるよ。にしても、け、喧嘩中……ですか」

「喧嘩じゃねえ!」



 声を荒げると、が驚いたような表情でこちらを見てくる。なんだよ。
 スペインは「なんでえー、喧嘩やんー」と不満そうに口を尖らせているが、正直言って似合わない。止めろ。
 フランスに至っては「おー怖ー。ー、プロイセンには近づくなよ、今、キレてるから」との肩を持った。キレてねえよ、と心の中で呟く。



「それより、ー、外へ行かへん?」

「外?」

「そうそう、お兄さんたちと一緒に外へ行こうぜ! プロイセンなんて放っておいて」



嬉しそうに、なにかを含めるように、フランスはの耳に顔を近づけ、呟いた。まあ、会話の中身はだだ漏れなのだが。
……が迷惑がっているだろう、止めろ、と呟くように言うと、はその言葉を聞き取ったのか苦笑を漏らし、「まあ、……迷惑、っていったら迷惑だけど、、フランスのこと好きだし、良いや」と、柔らかな声で言い放った。
瞬間、俺はを凝視してしまった。何を、言ってるんだコイツは。
──フランスが好き? なんでだよ。なんで、俺じゃ無いんだ。

自分の傲慢さにほとほと嫌気が差す。違う、なにを思っているんだ、俺は。誰を好きになろうが、それはの勝手だろう。馬鹿か。
はあ、と溜息をつくと、は何を勘違いしたのか慌てたように言葉を続ける。



「も、もちろん! プロイセンのことも好きだよ!」

「……な、にを……」



 頬に熱が集まるのを感じた。何を、言ってるんだ。コイツは。



「……っ、変なこと、言うな!」

「ええ!? 変なこと!? 酷いよ、っていうか変なことなんて言ってないから!」

「十分、変なこと言ってるだろうが! 馬鹿だろ!」

「でっ、ちょっ、なんで怒られなきゃいけないのっ! プロイセン、おかしいよ!」



 こいつはっ……! 心の中で憤りを感じつつ、頬の熱を散らすように怒っていると、スペインが「なあー、俺のことはー? どうなん?」と言葉を遮る。
 それに、は笑みを漏らしつつ「好きだよ」と言葉を漏らした。



「皆のこと、好きだなあ」



 皆、って。こいつは、一体。
 ……突然、そんなことを言われるこっちの身にもなってほしい。たとえ、他意が無いにしても、そういう風に突然言われると、誰でも焦ってしまうだろうが。と言うか、時と場所を選べ。
 心の中で愚痴を吐きながら小さく溜息を漏らすと同時に、フランスが「なあー、ー」との名前を呼んだ。



「外へ行こうぜー。プロイセンとスペインを放っておいて、お兄ちゃんと一緒に! ランデヴー!」

「ら、らんでっ……? あ、いや、あの、それは喜んで行きたいんだけど、プロイセンとスペインを抜かして、って。どうよ、それ」

「良いだろー別にー。なんだよ、は俺だけじゃ不満か?」

「ちが! そういう意味じゃなくて!」



 フランスは口を尖らして、不満をたれる。正直、その顔はどうかと思うのは俺だけだろうか。
 スペインは「俺だって一緒に行きたいんやけどー。連れてったってえー!」とフランスに抱きつく。それに「だっ! お前、止めろ! 俺の体は女の子だけのモノなんだよ!」と怒鳴り、フランスはスペインを引き剥がした。



「女の子だけて……。別にええやん。フランスのケチ」

「ケチじゃない!」

「ケチやん! 別にええやろ、触るくらい!」

「スペイン……傍から訊いたら凄いなんか、おかしいよ」

「ちょっとだけやん! ちょっと、ほんまにちょおっと!」

「……そこまで俺の体を触りたかったのか、うん、良いぜ、触らせてやる。じゃあ、ちょっとあっちの部屋へ行こうか。大丈夫、俺に任せてくれれば良いから。
 も来ないか? お兄さんと一緒に、良い事しよう!」

「何をする気だーー!!」



 手元にあった本をフランスへと投げる。それは綺麗な軌跡を描き、フランスの額にぶつかった。ごん、と嫌な音が鳴る。
 フランスが「ううっ」と呻き、その場に座り込むが知ったこっちゃ無い。

近くに居るを引き寄せ「こいつには何もするな!」と言おうとしたのだが、考えても見れば、俺にはを止める権利は無い──。一度、吐き出そうとした言葉は、口の中で止まる。

 が「プロイセン? どうしたのー?」と何時ものようにのんきな顔と声で俺に問いかけてくる。お、ま、え、は! 心の中で憤りつつ、「別に、良いだろ」と言い、「此処はプロイセンなんだから俺に従え」と続けた。我ながら理不尽だ。

 フランスが下へ向けていた顔を俺に向ける。



「プロイセン……」

「なんだ」

「わかった、俺、よく分かったよ」

「何を」



 疑問。語尾を上げるようにすると、フランスは独特の笑みを浮かべ「お前も混ざりたかったんだな!」と声を弾ませる。
 ま、混ざりたかったって……。何処をどう見れば、そういう判断が出来るのだろうか。
 無愛想に「そんな訳、ないだろ!」と言うと、一層、笑みを深くされる。なんだこいつは。何がしたい。
 心の中でぶつぶつと呟きながら、もう一度、「何だよ」と問うと、「なんにも」と返された。
 思わず、眉を寄せる。それを見たスペインが驚いたような声で、言葉を発する。



「プロイセン、めっちゃ怒っとるでえ、フランスさん!」

「怖いなあ、スペインさん! さ、こんな怒っているだけの奴は放っておいて、しょうがねえから外へ行こうぜ。も、な!」

「あ、え? も? でも……」

「今日はめっちゃ天気ええで、街内探索とか、ええよなあ」

「それ、良いな」

「何言ってんだよ、話を勝手に進めるな! それに俺は怒ってない!」

「うわー怒ってるぜー。早く逃げなくちゃな!」



 ほら、! そう言って、フランスはの手を引っ張った。容易く、は俺から離れていく。引っ張って、何処にも行かせないようにしても良かったのだが、それでは嫌われてしまうかもしれない。

 が完全に俺から離れようとしたとき、手に微かな温もりを感じた。見れば、俺より小さい、柔らかそうな手が俺の手を掴んでいた。手の持ち主は言わずもがな、だ。



「なんだよ」

「プロイセンも行こうよ」

「は?」

「その、駄目……なら、良いけど」



 そう言って、の手が俺から離れようとする。無意識に、俺はそれを逃がさぬように強く握っていた。が笑みを浮かべる。

 ……俺は、なにをしているんだ。



「じゃ、行こうか! ね、プロイセンのオススメの場所、教えてよ!」

「ああ」

「なんやあ、プロイセンも来るんー?」

「そうっぽいな。別に俺は良いけど、……怒らなかったら。まあ怒っても、プロイセンは怖くねえし良いけど」

「せやなあー。プロイセン、怖くないもんなあ」

「うるさい!」

「プロイセンが怒ったでえー!」

「うわ、逃げないとな! ほら、、早く!」

「えっ、うわっ、ちょっ!」



 フランスがの手を強く引っ張り、がこけそうになる。が、抱きすくめるようにして止めると、は笑みを見せて「ありがとう」と言った。その後、「うわー、ってばプロイセンに抱き締められちゃってるー」と嬉しそうに言葉を弾ませる。



「なんだよ、嬉しいのか」



 意地悪く笑うと、は「ヒイイ! プロイセン、ちょっ、え!? なにー!?」と驚いたように俺の手から素早く逃げた。
 スペインが「俺もに抱きつきたいなあ……かぁええなあー」と羨ましそうに呟いていたが、そんなこと放っておく。

 俺の手から逃げ出したが、フランスに肩をつかまれる。フランスはいつになく、手を置き、真摯な顔でを見つめていた。が「なっ、ちょっ、どうしたの!?」と慌てふためいているのを気にもせず、フランスは言葉を発した。



「聞け、。男は皆、スケベだ。特に郡を抜いてプロイセンはスケベだ。覗きをするぐらいだからな!」

「ばっ、ちょっ、な、何言って……!」

「覗き? って、やっぱハンガリーさんとか?」

「そうそう、こいつな、」

「ちょっ、あっ、やめろーー!!」



 叫ぶようにして、フランスの口を手で塞ぎ、言葉の先を止めた。するとフランスは嬉しそうにニヤけながら、俺の手を引っぺがし、「なんだよ、どうした? プロイセン」と訊いて来る。
 ……こいつ……!

 スペインが嬉しそうに笑みを浮かべて、俺の近くに寄ってきた。



「あははっ、ええやん、楽しそうやねー。俺も混ぜてえな!」

「良いぞ! さあ、一緒におちょくろうぜ!」

「プーローイーセンっ」

「ぎゃっ、やめ、おまっ、やめろおおおおおお!!!」



 何時の間にか後ろへと回ったスペインが俺を羽交い絞めにする。
どうにかして抜け出そうと思うのだが、何故か抜け出すことが出来ない。
なんだこいつは。どれだけ力が強いんだ。

叫びながら抵抗をするのだが、「プロイセンおとなしゅうしたってやー」と言われるだけで、どうにもならない。
フランスはの耳元に顔を寄せ、何かを喋っている。

フランスの話が進むたび、だろうか。は「えっ」「そ、そんな……っ」とか言いながら、頬を赤くしていく。
フランスが何かを喋り終わったであろう頃には、は俺の方を「プロイセン……」と何処か可哀想な人を見る目で見つめた。



「そこまで……」

「なっ! 何もしてねえよ! フランス、何を教えたんだ!」

「べっつにー。事実に脚色を加えて、色々と」

「なっ……!」

「あ、大丈夫! そんな、なんていうの、軽蔑はしないよ! うん!」

「フランス……っ、変なこと言ったな!」

「別に。本当のことだし」

「う、くそっ、スペイン、ほどけっ!」



 手を振り回すが、それはフランスには届かない。くそっ、こいつなんかを一緒に戦おう、って誘うんじゃなかった!
 

 スペインが俺を解いたのは、俺が手を振り回しすぎて息切れをした時だった。
 フランスは「ははっ、悪いな!」と謝罪にならない謝罪をし、スペインに至っては「ええやろ? 楽しかったやろうし」と笑った。何処が、と問いかけてやりたい。



「プロイセン、大丈夫?」

「……

「ごめんね、遊びすぎちゃったよ」

「あ、遊びって、お前……!」



 その言葉に衝撃を受けたのは言うまでも無い。思わず呆然としての顔を見つめる。
すると、は苦笑を浮かべ、「でもさ」と言葉を発した。



「こういうのも、楽しくて良いでしょー?」

「……はあ?」

「プロイセン、楽しくなかった?」

「……馬鹿だな、お前」



 俺の何処を見て、楽しいと思えたのだろう。額を軽く叩くとは「痛いなあ、酷いー」と言いながらも、俺に笑顔を向ける。
 それにつられて、俺も苦笑を浮かべると、「笑ってるじゃん」と言われた。



「これは違う」

「なんでー。良いじゃん、楽しいって認めちゃいなよー」

「……」

「ほらほら、嫌よ嫌よも好きの内!」



 少し、ムカついたのでもう一度、今度は頭を軽く叩いた。すると、は頭を抑えて「暴力反対!」と言う。
 
 ──楽しかったからじゃ、無い。



「ばーか」



 この時、俺はきっと笑っていただろう。



(終り)


2007/09/27