|
目を開けると、端正な顔が目に入りました。 <いつか叶う約束> え。フリーズしてしまう。さらさらの金髪に、閉じられた瞼。形の良い鼻梁に──、って何観察してるんだ自分! あまりの驚きに、なんだか相手の顔をまじまじと見てしまった。すうすう、と声が聞こえるから多分寝ているのだろうなあ、とは思う。眉間に皴を寄せていて、なんだか苦しそうだ。……って、またジロジロ見ちゃったよ、これはかなり失礼だよなあ……。 何故か横たわっていた自分の身体を起こし、周りを見渡す。華美な部屋だ。今、が乗っているのはベッドの上──ふかふかしていて、なんだか高級なんだろうなあ、っていうことがわかる。それに、敷かれているシーツも何だか手触りが良くて、やっぱりこれも高級なんだろうなー、と頭の隅で考えていた。 すると、寝転がっている金髪の人間が「う、」と何だか変な声を出す。あ、やばい。これはちょっと、起きるんじゃないか。だとしたらやばいんじゃないか。不審者とか、変質者と勘違いされそうだ。ベッドから退いて、逃げ出さなければ。そう思って極力、体重をかけないようにしてベッドから降りようとする──のだけれど、慎重すぎたのだろうか。逃げ出すまえに、その金髪と目が合ってしまった。──青い、海のような碧眼だ。 「……え、」 「あ、えっと、そのっ、怪しいものでは……!」 十中八九、怪しいと思われるような台詞を言ってしまった。急いで、ベッドから逃げるように距離を取る。相手の方は──唖然としたような表情を浮かべていたが、起きたばかりで何が起こっているのかわからないようで、の顔をぼうっと見ている。 逃げるチャンスなのかもしれない。こんな、逃げるなんて最低なんだけれど、は変質者とか変なレッテルを貼られて捕まりたくない。っていうか逃げたらもっと容疑がかかりそうだけれど、逃げるしかない、逃げろ、との頭の中にはその言葉しか浮かばなかった。 「そ、その! すみませんでしたー!」 「え、あ、ちょっ、!」 扉から出ようとしたところを、名前を呼び止められる。え、なんでの名前を。思わず立ち止まり、相手の顔を見つめてしまう。え、誰ですか、なんて訊けるはずがない。呆然としていると、相手の人がを指差し、「な、なんで、ベッドに居て……!」と絶句する。 絶句したいのはこっちの方だ。わけがわからん、この状況は一体何。誰か助けて。 「ひ、人違いじゃ──」 パニック状態になると、こんなにも考えることが出来なくなるなんて。新しい発見だ。じりじりと後退して、扉の取っ手に手をつける。相手の人が「おい!」と怒ったような、じれたような声を出すが、そんなの気にしてはいられない。扉を開けて、外に出よう。そして逃げよう。それだけがの頭の中を占める。 取っ手を持った手に力を込め、さあ逃げ出さん、といった時に、何故だろう。急に扉が開いた。……後ろに。当然、扉に少しながらも体重をかけていたは、後ろへとこける。視界が逆転したと思ったら、後頭部に鈍痛が走る。頭、打ってしまった。 悶えるような痛みだ。悶えていると、上から「うおっ」と言う声と、「あっ」という驚いたような声が降ってきた。聞いたことのある声──痛みに顔をしかめつつ、は声が降ってきたほうへ顔を上げた。 すると目に入ってきたのは、見知った人の顔だった。 「ふ、フランス! それにスペイン!」 「よっ」 「やん! 久しぶりやなー!」 フランスはいつものように軽く笑って、スペインは嬉しそうに声を弾ませた。二人の顔を見るのは、久しぶりだったので、痛みを忘れて、も思わず笑いを零してしまう。寝転がったままの身体を起こし、立ち上がった。 「え、あ、なんで、此処に」 「それはこっちが訊きたいでー。なんでプロイセンの部屋におるん?」 「へ? ぷ、プロイセン……?」 「そうそう。プロイセンはスケベだぞー」 フランスが茶化すように、笑みを深くする。スペインも苦笑を浮かべて「なあーんにもされへんかったよなあ?」と語尾を上げる。いや、何かされる要素なんて微塵も無いと思うんですけれど。 それよりも、と振り返る。ベッドの上に居るのは呆然としている男の人──、プロイセンだ。うわあ、プロイセンって気付かなかった。いやでも、パニックになっていたから、しょうがない……よね。そんなことを考えていたら視線が合った。場を濁すように手をひらひらと振り、「お、おはよう……プロイセン」と言うと、眉間に皴を寄せられた。いや、うん、怒るのはごもっともです。 「なんで」 「へ?」 「そいつらは直ぐに気付いたのに、俺は──」 苦虫を噛み潰したような、あるいは何かを堪えるような。そんな表情を浮かべて、プロイセンは俯いた。え、ええ。どうしよう、これは本当にどうしよう。なんだか焦ってしまう。 オロオロとしていると、誰かの手……多分、フランスの手が頭の上にポン、と乗る。プロイセンに向けていた顔を、フランスに向けた。 「なーに、気にすんな、。あいつは怒ってるんだろうよ」 「いや、それはわかるんだけれど……」 ニヤニヤとした表情だ。ちょっとフランスさん美形が台無しですよ。オッサンみたいになってます、今。 そんな事を言えるはずもなく、戸惑っているとスペインが肩まで手を上げてやれやれ、と言ったような様子で、「拗ねとるんやで」と言う。す、拗ね? 何で。 変な顔をしていたのだろうか。スペインとフランスはおかしそうに笑い、「外へ行こうぜ、お兄さんと一緒に!」「プロイセンなんか放っといて、遊ぼうやー」と手をつかんだ。 え。ちょっと。手をスペインとフランス、両方に引っ張られて部屋から出る。フランスが「じゃあなー」と、さもおかしそうな声で言って、扉を閉めた。きい、と軋むような音を立てて、扉は閉じたのだけれど、閉じる直前、プロイセンの「お、おい! ちょっと待っ」と言う、焦ったような声が聞こえたのは、──気の所為、だと思いたい。 手を引かれ、外へ出てみると、眩しい太陽が目に入った。まだ朝なのだろう、少しだけ肌寒い。「さむ」と小さく呟くと、フランスが自分の羽織っていたマントみたいなものをにかけ「これで暖かいだろ?」と、微笑んだ。 「あ、うん。ありがとう、フランス」 「いえいえ。けど、御礼はたっぷりしてもらうからな! 体で!」 「何を言ってるんですかと」 「フランスの冗談はいつものことやで聞きながしときやー」 「ひ、酷っ……俺は本気だからな!」 スペインが「あはは」といつものように、優しげに笑い、「それよりも」と言葉を続けた。 「、危ないでえ、こんな所来て。今は戦争中やから」 「戦争? へ?」 「おいおい、、どうしたよ」 「どうしたって、……え、何年?」 「何年って……」 フランスは呆然としたような表情を見せて、を見つめる。信じられない、とでも言うようだ。……変なこと、言ったかな。思わず、もフランスに怪訝な視線を投げかけてしまう。 少しだけ、無言が続いた後、スペインが「今はなー、せやな、千七百四十五年やでー」と呆気らかんと言い放った。 せ、千七百四十五年……? いったい、いつごろ……っていうか、なにしている時期なのだろうか。戦争、って……? 「え……あのさ、変なこと訊くけど、何処と戦争してるの?」 「オーストリアだよ、オーストリア」 「そうそう。プロイセンが奪ったシュレジェンを取り返しに来とるんやで」 「へ……」 っていうことは、これは、アレか。戦争って、オーストリア継承戦争、なのか。思わず呆然としてしまう。は、何という時期に此処へ来てしまったのだろうか。いつもは平和な時期に来ていたのに。 何も言わなくなった、っていうか唖然としているを見て「どうしたよ」とフランスが怪訝そうに問いかけてくる。 「変な顔してるぞー」 「え、あ、うん……」 「なんや、どないしたん? 。おかしいでえ、今日」 「そんなことは無いよ。ええっと、っていうことは、今プロイセンはオーストリアと戦っているんだよね」 「ああ」 頭の中でまとめた内容を口に出すと、二人は頷いてくれた。それにしても、千七百四十五年……って。戦況はどうなっているんだろう。そんな疑問が浮かんだけれど、どうせ訊いたって「へえ……」とかしか言えないから、口には出さなかった。 スペインが「それより!」と元気な声を出し、「ちょっと遊びにいかへん? ここの所、戦ってばっかで、めええっちゃ辛いんやってえー」と続けた。 フランスが「良いなあ、それ。街にでも出かけるか!」と笑みを浮かべてスペインの言葉に同意する。は急速に展開していく話についていけなくて、なにも言えなかったのだけれど、二人が「ほら、行くで!」「ぱーっとやるか、ぱーっと!」と言っての手を引っ張るので、二人について歩いていった。 街について思った事。正直、寂れているなあと感じた。それは戦争中だからしょうがないことなのだろうけれど、なんていうか……街の人に覇気が無い。疲れているのかな。店とか、しまっている所も多いし……。キョロキョロと街を見渡していると、フランスが「……街はやめて、郊外に行くか! 色々あるし、綺麗だぞー!」と盛り上げるように声を弾ませた。 スペインも「せやね、危ないところには行かへんよう注意して、行こっか」と言う。は、というと郊外には行ったことがあまり無いので、「そうだね」と頷いた。 郊外。木が生い茂っている。空気を吸い込めば、葉っぱの香りとか、ほのかに甘い薫りが鼻腔を突く。んー、いいなあ。自然! って感じだ。 にへにへしていると、フランスが「どうしたんだー? えらくご機嫌だな」と笑いかけてきた。その笑顔がこれまた綺麗で、にへにへ通り越してにやにやにやにやしそうになった。危ない人になってしまう。 「いやあ、自然って良いなあって思ってさ。ピクニックとかしたいよねー」 「そうだなあ。今度、俺の家に遊びに来たら、色々作ってやるよ。だからおいで、そしてお兄さんと一緒に良い事しよう!」 ……フランスの息遣いが荒くなったのは放っておいて、スペインの方へと顔を向ける。スペインもてっきり笑顔を浮かべているかと思ったのだけれど、違った。真剣な表情──切羽詰ったような表情を浮かべていた。あれ、なんで? 思わず、足を止めてしまう。すると、手を繋いでいる二人も、止まって、の顔を不思議そうに見た。 何か、あるんじゃないだろうか。っていうか、あったんだろう、きっと。 訊くつもりじゃなかった言葉が、口からするりと抜け出た。 「……ねえ、戦況は?」 「戦況って……」 フランスが頭を掻いて、「なんでそんなこと訊くんだ?」と逆に問いかけてくる。 なんで、って言われても……なんとなく、だ。でも、そんなことを言ったら多分はぐらかされそうな気がする。 スペインが「そんなん、気にせえへんでええよ!」と笑って、の手を引っ張った。 「気になるんだよ、駄目かな」 「駄目やないけど……やって、関係ないやろ? それに、知っても楽しいこととちゃうし……」 「そうそう。それより、早く行こうぜ! 此処をもっと歩いていけば、湖があるし……」 二人が手を引っ張る。思わず、こけそうになったのだけれど、ふんばって耐えた。二人は困ったように顔を見合わせる。……っていうか、何でこんなこと、しているんだろう。瞬間、疑問が過ぎった。 でも、なんだろう、気になったのだ。興味本位で戦況なんて訊かれたら、二人にとっては最悪だろうけれど、どうしようもなく気になる。この時ばかりは、世界史にあまり詳しくない自分を呪う。なんで、もっとちゃんと勉強しなかったんだろう、なんて取り留めのないことを考えてしまう。 フランスが渋々、と言った様子で口を開く。 「戦況は悪い」 「あっ、でも、きっと大丈夫やで! 俺も、フランスも……プロイセンも強いし、負けるわけないんやって!」 「皇帝が死んじゃったから、兵士はどんどん投降していくし……正直、あいつ、辛いだろうな」 「で、でも! 俺らがついとるで大丈夫やでっ」 「オーストリアはここぞとばかりに攻めてくるし」 淡々と告げるフランスの言葉に、ちょっと驚いた。……違う、凄く驚いた。渋るっていう事は、戦況はあんまり良く無いんだろうなあ、とは思ったのだけれど……。なんだろう、予想以上にショックを受けた。言葉を失って、なにも言えない。 そんなを見て、スペインは「ほ、ほら! いろーんな景色見にいこうやっ。湖、湖ー!」と、腕をぐいぐいと引っ張って、を動かしていく。は半ば引きづられるようにして、郊外を探索した。 夕方頃、だろうか。なんだかあんまり景色を見て楽しむことも出来ないまま、達はプロイセンの家であろうところへと、帰ってきた。 玄関の扉を開けると、一番に飛んできたのはプロイセンの怒声だ。 「ばかー! 何処へ行っていたんだ、お前ら!」 「愛の地へと行ってきたのさ……!」 「気持ち悪いこと言うな! ……街の中には居なかったし」 「街の中、歩いたのか?」 「ああ。俺を放ってお前らが行くから──」 「捜したのか」 フランスがニヤニヤとしはじめる。スペインも「へえー、プロイセンが。俺らを捜して。めえっちゃ優しいなあ、惚れるわー」とニヤニヤとした笑みを浮かべる。 プロイセンは、と言うとその二人の様子に多少ヒいたようで「なんだよ、お前ら……」と、明らかに警戒しながら、フランスとスペインから距離を取った。 「はやく、帰れよ。お前ら、明日も忙しいんだから」 「はいはい、じゃあな」 「邪魔したらあかんもんなあ。それじゃあ、明日」 「なっ!」 フランスとスペインは手を振りながら、扉から出て行く。プロイセンが怒ったような声を出すのと、扉が完全に閉まるのは、ほとんど同時だった。 「……フランスにスペインの野郎……」 ぼそりと憎憎しげに呟いて、プロイセンはに向き直った。 「おい」 「ん? なにー、どしたの」 「……別に、今日は遅くまで居るなと思って」 「ん。そうだね。も驚いてるよ」 けらけらと笑うと、プロイセンは一瞬、眉を潜めた。何故かは分からない。 ……来たとき。プロイセンの眉間にしわが寄っていたのは、戦況が悪かったからなのかな。フランスが言っていたし。兵士がどんどん投降していくって。皇帝さんも死んだらしいし……、プロイセンは大丈夫なのだろうか、なんて考えがよぎる。 前に会ったときと、同じような雰囲気、微塵も疲れなんて感じない。彼は、以前と同じ彼だ。けれど、それがもし、偽りだったなら。には、それがどうかなんて分かるはずもないし、分かる術もない。 「プロイセン」と名前を呼ぶ。「なんだよ」と、返された。 「ん……んー、良いや。あーあ、が自分の意思で此処に来ることが出来たら良かったのにね」 「? どういう意味だ?」 「そのままの意味だよー。そしたらさあ、プロイセンの傍に居れたのにね。ずっと」 「なっ」 プロイセンが頬をほのかに赤く染めて、口をぱくぱくとさせる。なんだかおかしい。 は、拳を作って、少しだけ強く握り締めた。──本当に、そう思う。が、自分の意思で此処に来ることに出来たら。 でも、とも思う。が、自分の意思でここへ来られたとして──どうするの、なんて。何が出来る? 何も出来ないよ。無力なだけだ。でも、それでも。 には両の手があるのだから。 プロイセンに近づいた。怪訝そうな表情で、名前を呼ばれるけれど、気にしない。 プロイセンの服を引っ張って、両手を背中に回し、強引に抱きしめた。「なっ!」と、驚いたような声が聞こえるし、かなりの勢いで抵抗されているけれど、気にしない。 「お、おまえ、どうして……」 「プロイセン」 「こんな、」 「あのさ、プロイセン」 抵抗を続けるプロイセンの名前を呼んで、言葉を続ける。っていうか、此処まで抵抗されるなんて。微妙に傷付く。 そんな事を考えつつ、背中に回した手で一定のリズムを取りながら軽く叩いた。 「大丈夫……だよ、たぶん」 「何が」 「ご想像にお任せしますー」 大丈夫だなんて、そんな保障は無い。頭の中ではわかっているし、無責任な言葉だとも思う。それなのに、口を突いて出てしまうのは何故なのだろう。 しばらく抱きしめていると、プロイセンが観念したのか抵抗を止めて、恐る恐るの背中に手を回してきた。 「……そうだ、今度来るときはプロイセンの好きな物を作ってあげるよ!」 「俺の?」 「そうそう。あ、でも料理は本当に普通レベルなんで、あんまり期待しちゃ駄目だよ」 「普通レベルって……」 「うん。でも、頑張るよー。頑張る頑張る」 「何で急に……」 ふ、とプロイセンが笑ったような気がした。きっと、苦笑っていうか、そんな感じの笑みを浮かべているのだろう。 なんていうか、はプロイセンの笑い顔をあんまり見たことが無いので、顔を上げて表情を伺おうと思ったのだけれど、いざ! という時にプロイセンの腕に力が込められ、身体に押し付けられるようにされたため、見ることが出来なかった。……っていうか、考えたら、こんな抱きしめているとか、恥ずかしいんだけれど。いや、が先にやったんだけどね! プロイセンの顔が肩にうずまる。少しして、じわりとした温かさが広がった。 「……待ってる」 「うん」 呟かれた言葉は、微かに震えていた。 (終り) 記念夢小説として書いて、取り合いしてないじゃん! と後から気付いた悲劇の品。 2007/09/14 |