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打ち首獄門の刑に処す。期日は、追って知らせる。 頬に傷を持つ男にそういわれた時、やはりな、と思った。一揆は大罪、許されることではない。 でも、それでも、どうしてもしなければならなかった。しなければ、生きることが出来なかった。家には米俵なんて無い。収めるべき年貢は、無い。 (おらだけ、かな) 少女はそんなことを思い、一人牢屋の中で足を抱えた。逃げ出せるなら逃げ出したいが、いつも人が見張っている上、此処は城の地下にある。上手く逃げ延びることなんて、出来るかどうかわからない。 少女が吐く息は白い。 (おらだけなら、良い──) からかさ連番状が見つからぬよう、少女は祈った。 (誰か、おら以外に) (──乱世を変える、英雄が現れたら、良いのに) Act.57-2 乱世を変える意思 夜、人々が寝静まった後、は何故か政宗に呼ばれていた。今日の夕方、夕餉を食べていると、政宗がやってきた。顔を俯かせ、どこか悲愴な雰囲気をもっていた。どうしたのだろう、なんて思って政宗様、と手を挙げて名前を呼ぶと、政宗は弾かれたように顔を上げ、と視線を合わせて、微笑んだ。それから、早足にに近づいてきて──「今日、夜に来い」という言葉を囁いた。 何で政宗が、あんな風に早口に──誰かに、聞かれることをはばかるような声音で、言葉を口にしたのかはわからないけれど、何かがあるからあんな風に言ったのだろう。 え、と訊き返すような言葉を口にするものの、政宗はに背を向け、夕餉を取りに行くと、そのまま何処かへと去ってしまった。それを目で追う。政宗が向かった先には小十郎が待機していた。と視線が合うと、じろりと睨みつけるように眼孔が鋭くなる。 ……なんかしたか、。そうは思うものの、思い当たる節は特に無かったので、は変わらず夕餉を済ませた。 出て行くとき、元親に出会った。元親とは昼頃に会って共に縁側で寝転び、それから別れたのでさっきぶりということになる。 軽く、笑みを零して右手をあげ、元親は人の良い笑みを浮かべた。近づくと、今日の夕餉はどうだったよ、と感想を聞かれる。美味しかったよ、と言葉を述べると、元親は嬉しそうに頷いた。食べるのが楽しみだな、そう言葉を漏らし、元親は頷いた。それから二言三言交わし、と元親は別れた。 自室に戻ってもすることが無いものの、別段何処に行く気もしていなかったので、はそのまま自室へと歩を進め、ひたすらに時間が過ぎるのを待った。 そうして、夜。政宗のところへ向かわなければならない。 出来る限り音を立てずに扉を開く。それから、周りを見た。誰も居ない。そっと身を縁側に躍らせる。誰かをつれてくるな、とは言われていないが、誰かをつれてこいとも言われていない。なにやら秘密の話のようだし、ならばは一人で行くべき、だろう。 出来る限り静かに、音を立てないように細心の注意を払いつつ、は歩を進める。政宗の部屋はの隣なので、直ぐについた。政宗、と名前を控えめに口にする。少しして、入れ、という言葉が聞こえた。 障子を、僅かな隙間だけ開け、閉める。政宗が、卓台に片肘をついて、座っているのが見えた。ぼんやりと、ろうそくの明りが灯っており、室内を濡らす。 「良く、来てくれたな」 「そりゃあ……。何か、話があるんでしょ?」 「Yes.気付かれていないかと思った」 そう言うと、政宗は軽く右手をひらひらと振った。近寄れ、ということなのだろうか。近寄り、腰を下ろす。 政宗は軽く笑い、それから言葉を続けた。 「処刑の日にちが決まった」 「……一揆の?」 「そうだ。一揆は大罪。打ち首の刑に処される」 そう言うと、政宗はに何か、紙のようなものを手渡してきた。何、と視線だけで問い掛けると、見てみろ、という言葉が返ってきた。 見てみろ? 疑問に思いながらも、口にすることはせず、紙を見る。中に、円の形になるようにして、ぐるりと名前が書かれていた。 一瞬だけ考え、直ぐに理解する。これって、もしかしなくても。 「からかさ連判状……?」 「そうだ。小十郎が見つけて来た。家捜し、したんだろうな」 軽く笑いを含んだ声を聞きつつ、は愕然とした。名前の数はとてつもなく多く、数えるのも億劫なくらいに、書かれていた。それが大きな円となっている。 指で、名前を辿る。筆、墨で描かれたのだろうか。ところどころかすむように滲んでいるそれらは、読みにくかった。けれど。 「……いつき」 平仮名にして三文字。の見知った名前が刻まれているのを、見つける。政宗の軽い笑い声が響く。 「そう。そいつが今回の一揆の首謀者だ」 「……そっか」 「いつき以外にも、捕まっている奴は居る。が、まあ、いつきが首謀者、おらがやった、おらだけが企てた、他の皆は強制的に参加させただけ、と言い張る」 紙を政宗に返す。政宗はそれを片手で受け取り、それから紙をもう一度、卓台の上に広げた。 「──HA! 馬鹿みてえだな、どれだけ一揆に参加したんだよ、って感じか」 「……うん、まあ、……」 よりにもよって、俺の統治下しているところだしな。そう続け、政宗は舌打ちをした。思わず驚いてしまう。政宗は、怒っている、だろう。確実に。一揆を首謀した人物、つまりはいつきちゃんに対して。 打ち首。考えただけで、背中を氷塊がすべりおちるような、なんともいえない気分に陥る。怖い、だろうか、いつきちゃんは。考えて、直ぐに意味の無いことだと悟る。 には、一生わからないことだ。 政宗は紙を軽く叩くと、と視線を合わせた。「──What do you think?」 「……え?」 唐突な問いかけに、思わず変な声が出る。が、政宗はそれに意も止めず、もう一度、今度は区切りをつけて、英語を口にした。 What do you think? ──つまり、どう感じるか、を訊いているのだろうか。問うている内容は、今回の一揆についてのことで間違いない。 考える。わからない。どう感じる、と訊かれても、現実味が無い。どこか遠くの世界で起こっているような気が、今もしている。 「……わからない、です」 「そうか。……俺の感じるところを言って良いか」 頷く。僅かな間が開いた。政宗は大きく息を吐き出し、それから言葉を囁くように続ける。 「一揆が起こるのは統治している人間が暗愚だからだ」 「……それは、……そんなことは無いと思うんだけれど」 「No. Do you understand? 農民は良い領主に恵まれると、一揆なんて起こさない。一揆が俺の領地で起こったってことは、つまりは良い統治を俺が行っていない、ということだ」 言葉を無くす。確かにそうかもしれないけれど、でも、なんだか、そんな言い方は無い。良い統治を行っていたとしても、一揆を起こす農民だって居るだろう。 けれど、今は何を言ったとしても、政宗には届かないだろう。彼はいつもより気弱な表情を見せていた。その表情を見ると、どうにかしたい、という気持ちが溢れる。 政宗、と名前を語尾を上げて呼ぶ。政宗は軽く頭を頷かせ、それからいつものような──何かたくらみごとを考えているような、意地の悪い笑みを浮かべると、だから、と言葉を続けた。 「俺は知りたい。俺の統治のどこが悪かったかを」 「…………」 「でも、訊くすべはない。俺がどれだけ、一揆の首謀者と話をしようとしても、止められちまう」 まあ、そりゃそうだろうなあ、とは思う。一揆、つまりは国に反逆するようなことを行った人々が、簡単に殿様とご対面できるわけがない。 そうだね、と軽く相槌を打つ。政宗が怒ったような表情を見せた。柳眉を逆立て、の頭を軽く殴る。 「おいおい、これは危惧するべきことなんだ。俺が知っておかないと、これからの統治に支障が出るだろうが」 「政宗は農民のこと、ちゃんと考えるんだね」 いつもの調子に戻った政宗に笑みを零しつつ、は軽口を叩く。すると、政宗は当然だろ、とでも言う風に、口の端に笑みを乗せ、それから、卓台の近くにある、たんすのようなものを漁った。がさがさと、紙みたいなものが擦れ合う音がして、止まる。 政宗の手に、紙が握られている。何もかかれていない、白紙のものだ。 それを卓台の上に置き、政宗は立ち上がり、どこかへと赴いた。ちょっと待ってろ、とだけ言葉を残し、部屋を出て行く。 何を行う気なのだろうか。政宗は。疑問に思いながらも、政宗の帰りを待つ。 政宗は直ぐに戻ってきた。右手に筆、左手に何か──すずり、だろうか──を持っていた。彼は笑みを浮かべ、器用に足で障子を閉める。それから、卓台の上にすずりを置いた。墨がすってある。 それに筆を軽くつけ、政宗は紙の上に何かを書き始める。さらさらと、淀みなく墨で描かれていく、何か。文字ではなく、絵ということはわかった。 数分して、政宗の筆が止まる。筆をすずりの上に斜めに置き、政宗は骨ばった指先を紙の上に置いた。 「ここが、俺の部屋だ」 「……へ」 「ここが、お前の部屋」 指先が動き、やはり淀みなく紙の上を動いていく。政宗の指先が、すっと降りていき、それから、あるところでぴたりと止まった。 「ここが、牢屋」 ……に、牢屋の場所なんて教えてどうするのだろう。疑問に思いながら、政宗、と語尾を上げて名前を呼ぶ。政宗は、嬉しそうに──どこか、意地悪そうな笑みを浮かべ、紙から指先を離した。そのまま、の肩を軽く、ニ、三度叩く。 「なあ、。お前は、前に言っていたよな。役に立ちたいって」 「……言った、ね」 「その時は客人だからと言ったが、事態は変わった。俺の役に立つものなら、客人でも使わせてもらう」 それはつまり、に牢屋を見に行けということなのだろうか。そのまま言葉を口にすると、政宗は「Of course!」と、の頭を乱暴に撫でた。 ──つまり、政宗はに牢屋に行って、一揆を起こしたその辺の事情を訊いてこい、ということを言いたいのだろう。 まじですか、と危うく変な言葉が口をついて出そうになり、必死に押しとどめる。は、小さく息を零すと、政宗をじっと強く見据えた。 「……本気ですか。、何にもわかってないのに。第一、こんな城の地図、描いちゃ駄目なんじゃ……」 「お前だからだ」 同じくらい、──あるいはそれ以上に強く見つめられ、言葉が出なくなる。何かしら言いたいことはある。それはわかるのだけれど、言葉が口をついて出てこない。 どうしようもなく吐息を零す。直後、政宗の真摯な声が響いた。 「I believe you.お前なら、俺の城の地図も、悪用はしないだろ。お前、──だからこそ、頼めることだ。他のやつらに頼んでも、首謀者の言葉を、偏見のこもった視線で見て、俺に曲解して伝える恐れがある」 一息に言葉を言い切り、政宗は頭を下げた。 ──頭を、下げた? 状況が理解出来ない。何をやっているのだろう。政宗、と焦りのせいで大きくなった声音で目の前の人物の頭を呼ぶ。 「頼む。俺は知りたい。知らなくちゃいけない。なら、わかってくれるだろ」 「わ、わかったから、頭、上げて──」 誰が見ているわけでもないのに、居心地悪く感じる。それは、政宗が一国を統治する殿様──つまりは、と身分が全く違うことを、今、痛感したからなのかもしれない。 考え方が違うのだ。の思い浮かばないことを、政宗はやってのける。そして、それを実行するためなら、例え身分が違っていても、頭を下げる。 政宗が顔を上げる。の焦った顔を見て、それから、笑みのようなものを浮かべた。 「俺は、首謀者には会えないが、処刑の日を先延ばしにすることくらいは、出来る。、処刑までに、頼む。話を訊いておいてくれ」 「……わ、かった。頑張る。けれど、もし、結果が出なかったら、……本当にごめん」 「始める前から最悪の事態を考えてどうするんだよ」 軽く笑いを零し、政宗はの肩を軽く叩いた。 「Ah,まあ、結果は結果だ。が必死でそれをやって、そうなったのなら、俺は別にそれで良い」 「……なんか、言っていること、矛盾してるよ、政宗」 「そうだな。そうかもしれない」 苦笑を浮かべ言葉を紡ぐ政宗に、も笑みを浮かべた。頑張るしか、無いだろう。 描いて貰った地図を、折りたたむ。は未だにこの城の構造をわかっていないのだ。この地図が無ければ、確実に牢屋にたどり着くまでに迷うだろう。 「頑張る、絶対に」 「ああ。期待してる。じゃあ、帰って良いぞ」 「うん」 立ち上がり、入り口へと歩いていく。障子を開けようと、僅かな隙間に手を滑り込ませた、瞬間、後ろから手のひらに骨ばったそれが重なった。背中に密着するように、誰か──政宗の身体が、ひっついている。 何をしているのだろう。心の中でそんなことを思い、政宗、と名前を呼ぶ。 「、もし俺が──」 言葉が途切れる。少しして、逡巡するような吐息と共に、二の句が紡がれた。 「……もし、俺が別件でお前を呼んでいたとしたら、どうする」 「別件って。何?」 「Ah…,例えば夜伽とかな」 夜伽。頭の中で言葉を繰り返し、思わず頬が赤くなる。そ、そん、何を言っているんだ、政宗は! 「も、ま、真面目に冗談は止めよう」 「…………」 無言になる。政宗が言葉を続けないので、も何を言うこともできない。僅かな静寂が辺りを包んだ。 少しして、軽く笑う声が静寂を切り裂いた。言うまでも無く、政宗の笑い声だ。の手に重なっていた、筋張った手のひらが離れ、政宗の身体も離れる。 「冗談、そうだな、冗談だ。悪いな」 僅かな、何かしらの感情が秘められているように感じたけれど、良くわからないので、そうだよ、と軽く笑って言葉を返し障子を開いた。 「お休み」 「……Good night」 僅かに、寂しそうに紡がれた言葉は、余韻を残して鼓膜を揺らした。 後ろ手に障子を閉めた、──とたん、ものすごい力で誰かに引っ張られた。壁にたたきつけられる。 どん、と鈍い音がして、一瞬呼吸困難になった。腕は誰かに繋がれたまま、はその場にずるずると座り込む。 「何を話していた」 上から、ドスの効いた、地を這うような低い声が響いてくる。見なくてもわかる。小十郎だ。どうしてか、酷く怒っているようだ。 小十郎の、の手を握る力が強くなる。痛い。 「何をしていた。答えろ」 「ま、政宗様と、話していました……」 途中に咳を挟みつつ、言葉を言い切る。ふと、腕を掴む力が解ける。 視線を上げると、小十郎と目が合った。どこか厳しく──鋭い刃の切っ先を向けられたような、ちくちくとする視線が、に降り注いでくる。 「何を、話していた」 「……そんなこと、別に良いじゃないですか。何を話していたとしても、小十郎さんには関係無──」 「答えろと言っている。聞こえないのか」 脅すように、低い声で言葉を呟かれ、はどうしようもなくなる。なんで小十郎はこんなにも怒っているのだろうか。わからない。涙が出そうになった。けれど、それを必死で押さえ込む。 「し、知りたいなら政宗様に訊けば良いじゃないですか」 「──いや、政宗様は教えてはくれないだろう。だとしたら、簡単に口を割りそうなお前に訊くべきだ」 簡単に口を割りそうって。割るわけがないだろう。にも一応、ささやかながら意地とプライドがある。政宗からの頼み事は、決して人には言ってはいけないことなのだということも、一応はわかる。 口を引き結び、首を振る。小十郎が苛立ったようにの名前を呼び、次いで、障子が力強く開いた。 「小十郎、何やってやがる」 「……政宗様。この小十郎、少々気になることがございまして、に問い掛けていたのです」 「問いかけ? HA! 笑わせるな。聞こえていたぞ、お前の声。俺とが話していたことを訊きたいのだろう」 重圧を放っているかのように、政宗の言葉が重く心の奥に落ちていく。小十郎は跪くと、顔を伏せた。少しの間を置き、言葉を続ける。 「……良からぬ企み事をしているのでは、と思いました」 「良からぬって、お前、俺がそんな変なことをするとでも──」 「政宗様。僭越ながら、小十郎からの意見を申します。一揆は、暗愚の下だけでしか行われるわけではございません。農民たちはいつも自分のことばかりしか考えて居ないのです。自分達が少しでも窮屈な思いをすれば、直ぐに一揆を起こす。そんな奴らの意見に耳を傾けるなどと世迷言は口にしないで下さい」 朗々と紡がれる言葉に、政宗の顔が歪む。 何を話していた、教えろ。そう言っていたのに、こんな言葉を話すなんて、まるで──というより、完全に聞いていたのではないか。今さっきの、と政宗の話を。 呆然と小十郎を見つめ、それから政宗へ視線を向ける。政宗は固く口を引き結んでいた。少しして、毅然とした声音が彼の唇から漏れる。 「Ah-HA? 小十郎、何を言っているんだ。俺がいつ、そんな言葉を口にした」 「──いえ、この小十郎、家臣の身で出すぎたことを申しました。ですが、お心に留めていただきたい」 「ああ、本当に出すぎたことだな。お前は俺に前だけを見ていれば良いというくせに、そのような迷いごとを吐き捨てる。俺が目指しているものを知って、そんなことを言うのだというなら、一度山にでも篭ってきたらどうだ」 小十郎の肩が、微動する。軽く首を振ると、小十郎は言葉を紡いだ。 「──いえ、山に篭るにはまだ早いと思っておりますので。この小十郎、政宗様の統治する天下を見とうございます」 「なら、俺のやることに異論を挟むな」 「……かしこまりました」 殊勝な態度で小十郎は頷く。それに満足したのか、政宗は笑みを浮かべて、一度だけ頷くと、なあ、と呼びかけた。 「お前は、俺にずっとついてきてくれるよな」 どちらに、問い掛けたのか。は訊くことが出来なかった。 →NEXT ご感想、ご要望などありましたら どうぞ。返事はおひねり返信ページにてお返しさせて頂きます。 2008/09/14 |