<純粋な狂気>




 ……前に、向日葵の種を持ってきてね、と言われてから何日が過ぎたのだろうか。ロシアの所へ行こう、と思うたびにはロシアの所ではない場所へと行っていた。ギリシャだったりスイスだったりトルコだったり。
 ロシアは「絶対に、最初に僕に会いに来てね」と言っていたのだけれど、その約束をすぐに破ることとなってしまった。ロシアは怒っているだろうか。

 そんな事を考えつつ、はロシアの家の廊下を歩く。今日は、ロシアの所に来ることが出来た訳だ。ちゃんと、向日葵の種も持ってきている。多分、許してもらえる……よねえ?
 
 もし、許してもらえなかったらどうしよう、ってか、怒っていたらどうしよう……!
 色々と考えながら、「ど、どうしよー」とか独り言を言っていたら、後ろから声がかかった。




「……




 振り向くと、ロシアがにっこりと笑みを浮かべて立っていた。いつのまに。あまりの驚きに動揺して、はどもりながらロシアに挨拶をした。




「ロ、ロシアっ、や、やっほー……」

「うん、やっほー」




 ロシアは嬉しそうに声を弾ませてそう言った後、に近づいて、手をすっと伸ばし、の頬を挟むように優しく包んだ。
 ちょ、なにこれ。一体なんなんですか! 力は込めちゃ駄目ですよ、タコみたいな口になるから。そう言おうとしたけれど、それはロシアが先に言葉を発したので、無理になった。




「ねえ、僕、待っていたんだよ」

「へ……」

「次に来る時は、最初に来て、って言ったよね……」

「あ、いや、それは、でもっ、しょうがないんだよ、ごめん……」

「言い訳は要らない」




 ロシアが顔を下に背ける。え、怒ってらっしゃる?
 でも、これは本当にしょうがないこと、なのだ。は自分の意思で何処かへいく事を選択出来ないし……何よりも、これは、の。
 そう考えていた時、ロシアがぽつりと蚊の鳴くような声で、呟く。




「──待って、いたのに」




 ロシアの手がゆっくりと下がり、の首を柔らかく包んだ。え、何をする気なの。
 一瞬、恐怖を感じる。首を包んでいる手を取ろうとするのだけれど、無理だった。
 ロシアは顔を上げた。いつもの笑みを浮かべている。




「──向日葵は、もう枯れてしまったよ」

「……そ、え?」

「僕の、向日葵。誰にも、あげやしない」




 ロシアが首を包む手に力を込めた。ちょ、く、苦しいから……!
 さっきやった通り、手を振りほどこうとするのだけれど、はそんなに力が強くないし、第一、男の人の握力に勝てるわけがない。呼吸をするのが難しくなる。苦しい。




「ろ、しあっ」

「……」

「おね、や、め」




 呼吸が出来ない、死んでしまう。凄く辛いし、苦しい。お願いだから、手を、はなして──。

 そう考えた瞬間、ロシアが手を離した。の喉に急激に大量の空気が入ってきて、思い切りむせる。足を折り、はその場で、ごほごほと咳をする。喉が痛くて、なんだか変な感情が頭を占めて、涙が出そうになった。

 ロシアがの頭に手を置き、「ごめんね」と言った。




「でも、僕の方がもっと辛くて苦しいってことを、知っておいてね」

「ごほ、っ、ぐ、」

「だって、待っていたんだよ。早く来ないかな、って。遅いなあ、って。
 それなのに、は酷いよね。僕の所に全く来ないんだから」




 行こうとした、けれど、無理だったんだよ。
 そう言おうとも、それらは全て言い訳に聞こえるのだろう。
 ロシアは、声に多少の悲しみを含ませ、話を続けた。




「リトアニアから『さんがスイスに居るらしいですよ』とか、
 『トルコに』『ギリシャに』って聞くたびに、すごく辛くなってさ。
 だから、考えたんだ。僕と同じ苦しみを、にも与えようって」

「……ろ、ごほっ」

は怒らないでしょ。怒らないよね? 僕の気持ち、わかってくれるよね?」




 純粋な疑問、なのだろうか。ロシアは語尾を上げて、そう問う。……こんなこと、されて怒らないわけがないし、そんなの許す人は聖人君子だけだろう。は聖人君子じゃない。
 がむせ続けていると、何かを思い出したのか、ロシアは何処かへと行き、又すぐに戻ってきた。




「ね、見て」




 ロシアは屈みこみ、に見えるように目の前に何かを差し出した。茶色い、けれどそれは確かにが前にあげた向日葵だった。
 ロシアを見る。嬉しそうに、笑みを浮かべていた。咳は、止まっていた。




「枯れちゃったよ」

「……」

の言うとおり、大分長持ちしたけれど、枯れちゃった」




 ロシアは、ぱっと向日葵を持っている手を開いた。かさ、と言う音を出し、向日葵は冷たい廊下に落ちた。




「──だから、はやく種をまこうよ」

「……」

「僕を、土地を、お花畑にしようよ」

「……」

は手伝ってくれるよね」

「……」

「だって、僕にこの花の明るさを教えたのはだもんね」

「い、」

「これは強制だよ。僕と一緒に作るんだ。お花畑が出来るまで、は帰っちゃいけないよ。
 僕以外の所に行ってもいけない。何処かへ行くのを、僕は絶対に許さないからね」

「……ロシア」

「だって、そうでしょう。僕はと一緒に居たいんだ。傍に居て欲しいんだ。
 僕は、もう一人は嫌だし、誰かに嫌われるのも嫌だよ。は僕の事、ずっと好きでいてくれるよね。ずっと傍に、居てくれるよね」

「……」




 ロシアは嬉しそうに言葉を弾ませる。子供みたい、だ。本当に。
 ……正直、にはロシアに対する恐怖が生まれた。今回の件で、一層。
 怖い、できれば近寄りたくない。──そう思うのは、普通だと思う。『嫌、無理、もう嫌だよ』、そう答えるのは容易いはず、だった。けれど。




「……、わか、った」

「本当? やった、、ありがとう!」




 答えなかったのは、何故なのだろう。





「なら、はやく行こうよ! 種を植えに、ほら、立って!」

「……」

「ねえ、。僕、今、すごく嬉しいな。
 は逃げないんだよね。は傍から居なくならないんだよね。僕の事、嫌いにならないんだよね」




 を無理やりに引っ張って立ち上がらせ、ロシアはそう言って、微笑んだ。 




「僕の傍から離れちゃ嫌だからね」

「僕の事を嫌ってもだめ」

「だって、僕の事を嫌う子たちは、全員」

「──要らない子だから」





 一瞬、感じたものは恐怖だったのだろうか、それとも。




(終わり)
地面の太陽の続編的なもの。主人公を待って待って待ち続けてヤンデレになったおロシアさま。
首を絞めたり、なんか猟奇的です。なんかロシアってこういうイメージ、が……(汗)
今回は背景の描写が少ない……。がっつり書き込もうかな、と思ったのですが。アレ?

2007/07/13