|
首筋に刃のような物がつきつけられた、そう感じるとすぐに背中が寒くなって、上昇していた心はまたたくまに沈んでしまった。怖い、怖い、なんで、どうして? そんな言葉ばかりが頭に浮かぶ。 は、死んでしまうのだろうか。嫌だ、まだ死にたくない。……考えるのは、そんなことばっかりだった。 Act21.なんでこんなにも優しいの 刃のような、何かたぶん鋭利なものが首の裏にぐっと食い込む。ちりっとした痛みが走る。痛い。 多分、っていうか絶対に、の首の皮、切れているんじゃないだろうか。 こういうとき、大声とか何かを出せればいいのだけれど、何を言おうにも口が動くだけで、声は出なかった。体を動かすことも出来ない。動かした瞬間、殺されるような気がするから。 なに、一体なに? 此処って、何処なの? 取り留めのない疑問が頭の中をぐるぐると回る。何もいえないし、動けないし──は、なんだか、気が狂いそうだった。 低い声が、肩越しにかけられた。 「──おい、聞いてるのか」 男なのだろう。冷え冷えとした声だった。それだけで、は腰を抜かしそうになる。何か、何かを言わなければ。 恐怖でわななく唇で、は震えた声を出した。ただ一言、はい、と。 すると男は舌打ちをすると、急かすように刃をの首にますます力を込めて押し付け、言葉を続けた。 「だったら、名前。早く言え」 名前──。の名前、名前、名前。恐怖と緊張のせいか、一瞬で自分の名前が出てこなかった。なんで自分の名前を忘れるんだ、と叱咤してやりたい気分になる。 泣きそうになる気分を抑えつつ、は自分の名前を口にした。 「………………」 です、と付け加えるように言うと、男はうなるような声を出し、の名字を確かめるように口にし、何処だ? と語尾を上げる。 に問いかけてきているのだろうか。答えを返さなければならないのか。だとしたら、何処だ? って、どういう意味なんだ。口を開こうとした瞬間、違う方向から知らぬ、という男とは又違った声が聞こえてきた。に詰問をしている方の声よりは、幾分か高い。不機嫌な声音だった。 そーだよなー、と男(面倒くさいからに問いかけてくるほうは男A、今さっきの幾分か高い声を持つほうを男Bとしておこう)Aは、納得するような声をだした。 そして、男Aは、の名前を再度呼ぶ。 「、か。率直に訊く。何処の間者だ」 「か、かん、じゃ……です、か……」 かんじゃ。患者では間違ってもないだろう。とすると、間者の方だよね。密偵とかの。だとしたら、に答えられることは何も無い。答えようが、無い──。返答に窮していると、男Aのおい、と怒ったような声と、男Bのこやつ、拷問か何かをしたほうが良いのではないか。という声が聞こえてきた。 ご、うもん? なんで、なんで、やだ、絶対やだ! 咄嗟に出た言葉は、本当に変なものだった。 「……わ、わかりません……」 「はあ?」 「わかりません……!」 わからない、知らない。そんなので分かってもらえるほど、此処──多分、戦国時代なのだろう──は甘くないだろう。拷問をされるかもしれない。それでも何もいえなかったら打ち首獄門だろうか。 絶対にやだ。死ぬのは、絶対に嫌だ。 うっ、と声が漏れる。死への恐怖と、ごちゃまぜになった感情の波が押し寄せてきて、は涙を流してしまった。しゃくりを上げていても、何もならないというのに、どうしては泣いているのだろう。 誰も助けてくれない。それどころか疑われている。もしかしたら死ぬかもしれない。 政宗や、幸村に会うために来た、この世界で。 みっともない、そんな言葉がよぎった。 涙を拭きたい。けれど、動いたら、多分、殺される。とめどなく溢れてくる涙は何故かどうしても止まらないし、は声を押し殺していた。すると、首に当てられていた刃が消え、目の前に人物がゆっくりと歩み出てきた。涙のせいか、視界が滲み誰かはわからない。 ただ、驚いたように体をびくっとさせた後、涙を拭うように手の甲をの頬にごしごしとなすりつけた。 「な、なな泣いてやがる! な、なんでだよ、どうしたんだよ」 「うっ、な、なんでも、ありません……」 泣き顔を知らない人に見られたくないが、動こうにも、何故か動けない。うえっ、うっ、うあっ、と意味のないしゃくりを上げていると、困ったような声で「な、なんだよ……。こいつ、間者だろ……」と言うのが聞こえた。 するとそれに応じるように男Bの声が聞こえてきた。 「まあ、急に現れたということ──しかも、我らの目の前で、今先刻まで居なかったのに、だ。忍びでも、そのような事は出来ないのではないか」 「詰まるところ、間者じゃねえのか?」 「さあ。我にはわからぬ。もしかしたらその女子は何処かに武器を隠しもっていて、お前がそのように近づいているうちに刺すつもりかもしれぬぞ」 「なっ」 誰か──多分、男Aだろう──が、慌ててから離れる。片手に何か、大きなものを持っているのが滲んだ視界の中、はっきりとうつる。光を浴びて艶めかしく輝くものは、多分、というか絶対に何かの得物だろう。涙が落としきれていない瞳でそれを伺うと、先端に赤い色がついているのが見える。きっと、というか絶対に、の血なのだろう。 男Aが「おい、どっちなんだよ。間者なのか、普通の民なのか」と、幾分かドスの訊いた声で問いをかけてくる。それがやはり怖くて、は声を出せずにひ、と小さく呻いた。 答えなければ、答えなければ。そう思うのに、口は考えるように動いてくれない。 首をゆるく横に振って、間者ではない意を示すと、鈍色が下ろされ、砂に突き刺さった。 その瞬間、はほっとしてしまった。多分、あれで殺されるということが幾分か薄くなったからだろう。 へなへなとその場に座り込むと、素肌の部分にじゃりじゃりしたものが触れた。砂だ。 「──どうするのだ、長曾我部。こやつ、牢に入れるのか。安心できないだろう」 「んー? あー、いーや、そんなことはしねーよ」 男Bが、男Aに問いをかけるようにするが、それを男Aは何かしら動作をして受け流し、の近くに寄ってきた。 後ずさりをしてしまったのは、しょうがないことだろう。 瞬きをすれば落ちていく涙は、もう瞳の中に残っていなかった。だから、は目の前の人物をきちんと見ることが出来る。 目の前に居る男、その人はゲームの中で散々アニキ! アニキ! と呼ばれている──長曾我部元親だった。 白い髪の毛に、何故か白い素肌。百人が見れば百人が格好いいと言いそうな、そんな容貌をしている。瞳には何かを秘めたような強い意志がある。目が合うと、すまなさそうに苦笑を浮かべられた。 すっと、目の前に手が差し出される。 「──わりぃな、最近物騒でよ」 どうすればいいのか戸惑っていると、元親が「手」と促す。手を、どうすれば良いのだろう。そう思っていると、元親が「ほら、立てないんだろ」と言っての手を握ってきた。 一瞬、体が強張る。嬉しさや気恥ずかしさから、ではなく、恐怖からだ。 そんなの様子を気にも留めずに、元親は「ほらよ」と言っての体を片手一本で軽々立ち上げさせた。 どうにか立とうとするものの、腰が抜けているせいか足がガクガクと震え、はろくに立つことが出来なかった。元親がそれを見て笑いを零し、「おいおい、大丈夫か」と問いかけてきた。 それに頭を頷かせて返すと同時に、男Bの「お前のせいだろう」と言う声が聞こえてきた。すると、元親は「そう、だな、俺のせいだな! 悪いなー! ま、あんなところに居たお前も悪いっつーことで」とが完全にちゃんと立ちあがるのを見てから背中をばん、と叩いた。 衝撃で、は前につんのめる。元親の「おお、悪い悪い」と言う声が耳に入り、まだ震えの収まりきっていない唇をどうにか動かし、「だ、大丈夫です」と答えると、「そうか?」といわれ、少しおいてから豪快に笑われた。 ……。笑いのツボがわからない。 唖然としていると、元親が「悪いな、本当、無礼はたらいちまったな! 何だか知らねえが、変な格好もしてるしよお、間者はそんな格好しないよな」と思いっきり嬉しそうな笑みを浮かべた。 それに「あ、いえ……」と腰を低くしていると元親が「そうだな、俺のところに来いよ! 首にも傷つけちまったし……それの御礼っつーことで」と頭を掻きながら苦笑を浮かべた。 これは、なんていうか、助かる。本当に。良いの、と視線を合わせると、元親は笑って「俺の城はでかいからな、何人でも収納できるんだ」との手をぐいっと引っ張った。 後ろから、男Bの呆れたような溜息が聞こえてきた。すると元親は「なんだよ、何か文句があるのか、毛利」と男B……毛利に向かって、声を発した。が、毛利は何も答えず、何処かへとさっさと歩いていってしまった。それがわかったのは、遠ざかっていく砂利の音のおかげだ。 それを見て、元親はへへっと笑うと「じゃあ、行くか」と声を大にして、の手を引っ張って歩こうとして、「そういえば」と言い、の顔を見る。彼は、人の良い笑みを浮かべながら「俺の名前、言ってなかったよな」と言う。 「長曾我部元親。四国の、鬼だ!」 * 大分歩き、大きな城門をくぐると、大きな歓声が元親を出迎えた。そこかしこに居た人々が元親の方を振り向き、嬉しそうな笑みを浮かべる。 「アニキ! お帰りなさい!」「アニキー!」「アニキ、今度の戦のことなんですけれど」「アニキ」「アニキ!」「ア、ニ、キ!」「アニキィィィ!」 「ちょいと待て、お前ら!」 アニキコール。心の中でそんなことを思っていると、元親が大声を出した。腹の其処から出したのであろうその声は周りに響き、一気に静かになる。 元親がぐいっとを元親の前に出す。すると、静かだった周りがざわめいた。 「静かにしやがれ! ……こいつは、とある理由で此処に住むことになった。手厚く保護してやれ、困っているときは直ぐに助けてやれ。お前らが、此処では先輩なんだからな」 アニキー! わかったぜ、アニキー! という声がそこかしこから聞こえてきたと思うと、人が集まってきて、「アニキ、名前は?」と言う声、「アニキが女連れてきたぜー!」やら「アニキー!」やら……元親が質問攻めにされていた。 それを元親は片手で制すと、の肩をぽんと叩き、「っつーんだ! よろしくしてやれよ、野郎ども!」と言い、豪快に笑った。 その後、色々な人がに握手を求めてきたり「俺の名前は」「俺は」なんて、名前を言ってきてくれた。 手を握ると、暖かい。恐怖は無くなっていた。 何分か経った後だろうか、元親が「お、お前ら、群がりすぎだろうが。は疲れているし、それに怪我だってしてるんだ」と焦ったように人に埋もれたを引っ張る。 すると、元親の言葉に反応したのか「怪我?」と言う声がざわめきの中で強くなる。 元親は首を大きく頷かせて、「ああ、怪我だ! だからお前ら、後で話に来い」と言うと、の手をひいて、何処かへと歩き出した。 そうして、なんだろう、座敷のような部屋につれてこられて、座らされた。その後、水か何かを首にかけられて、塗り薬のようなものを塗られた。……全部、元親に、だ。 それが全部終わった頃、元親は嬉しそうに笑みを浮かべて「これで良いだろ」と、の背中を軽く叩いた。 なんだか、色々としてもらっている。──なんだか、悪く思ってしまう。「有難うございます」、そう言葉を告げると「良いってことよ! さ、お前の部屋に案内してやるよ」と笑みを浮かべられた。 ──最初、恐怖を感じておいてなんだけれど──元親は、とても優しく暖かい人なのだと、感じる。根拠を挙げろといわれても困るけれど。 元親がに薬を塗るため座っていた体を立ち上げる。もならって立ち上がった。元親が「お、立てるようになったんだな」と笑みをますます深くし、でも、と言葉を続ける。 「転ぶかもしれないからな」 そう言ってぎゅっと握られた手は、異様に暖かかった。 * その後、お前の部屋だ、と言われて分け与えられた部屋は、何やら随分大きくて、驚いた。 驚いたって言うか……いや、あの、度肝を抜かしたっていうか、驚きで一杯だ。唖然としていると、元親は「あと、お前の服もどうにかしないとな。そんな服、初めて見た」との服を目を細めてみる。 ……そりゃ、そうですよね。此処は……推測でも、憶測でもなく、戦国BASARAの世界なのだから、の着ている服なんて無いに決まっているだろう。 そんなことを思っていると、「まあ、明日には用意しといてやるよ」と笑みを浮かべられた。 よく笑う人だ。 「──そうだ、明日は富嶽も見にいくんだ、も来るか?」 「え……」 「ああ、いやなら良いんだけどよ。富嶽から見る朝日は絶景だからな、……どうだ?」 「え、い、良いの?」 突然の申し出に声を強張らせて、返答をすると元親は一瞬、気の抜けたような表情を浮かべると、すぐに、にっと笑みを浮かべ──、 「もちろん! 俺が良いって言ってるんだ、何に遠慮する必要があるんだよ」 ──来たところが、この人の場所で、本当に良かった、なんて思ってしまうは現金なのだろうか。 「──じゃあ、行きたいな」 そういうと、元親は笑みを深くした。その後、の肩に手を回すと、至近距離で笑みを浮かべた。 おおおう。戦国時代って触れるのとかそういうの破廉恥って言われていたのではないのか。 微妙にドギマギしていると、「──長曾我部」と言う、元就の声が聞こえた。 元親が「毛利」と名前を呼んだ。の肩から手を離す。 「……えらい騒ぎだったな」 「ん、まあ、そーいうものだろ」 「……はっ、まあよい。それよりも、お主、と言ったな」 つい、と元就は細い目をさらに細くし、怪訝そうにを見る。視線を合わせ、頭を頷かせると、ふん、と毒づくように言われ、その後「──毛利元就だ」と言うやっぱり冷え冷えとした声が耳をついた。 ん……? なんで、名前? 元就を見ると、「一応、同盟を結んでいる国の客人だ。丁重にもてなせばならぬからな」とそっぽを向かれた。……同盟……? 元親に視線を向けると、にっと笑いかけられる。いや、あの、同盟ってどういう意味──って、そのままの意味か。 何故か感じた食い違いに、は首をかしげた。 →NEXT 書き直し祭り。場面展開が三つもある。すみません。 2007/12/19 |