「何をおっしゃっておられるのか、わかりかねますが」



小十郎の言葉に、政宗はもう一度ゆっくりと区切りを付けて、先ほど言った言葉を、繰り返した。
小十郎の眉間に皺が寄る。とてもいやそうな表情を浮かべて、小十郎は唸るように呟いた。



「……何を言っておられるのですか。
 自分が何を言っておられるか、わかっていますか」


「Of corse!」


「……この小十郎、政宗様の願いとあっても、そのような事は聴けませぬ」



怒りを押し殺したような声で、小十郎は言葉を告げる。が、そんなこと気に留めた様子も見せず、
政宗は「命令だよ、命令。OK?」と嬉しそうに言葉を発した。
小十郎は手を強く握り締め、政宗に聞こえぬよう、溜息をついた。




Act45.かんざし




唐突に告げられた言葉、それはを放心させるには十分な一言だった。





、お前と小十郎、仲が悪いだろ」


「え。何ですか急に。政宗、本当どうしたの」


「良いから、答えろ」


「え、あー……。うーん、仲、……うん」


「だろ。だから俺は考えた」


「……えー、ごめん、なんか続きあんまり聴きたくないな。うん、言わなくていいよ。
 なんかいやな予感がムンムンするんだけど」




政宗に呼び止められて、振り返れば、そこには何やら無駄に爽やかな笑みを浮かべた政宗と、
政宗の後ろでを射殺さんばかりに睨みつけてくる小十郎が居た。え、怖。
っていうか、会った瞬間に普通そんな事、訊きますか。しかも当事者が居るところで。
これは何かのイジメか。

と、言うか。
政宗が次に言う言葉……なんか想像が出来る。
“お前と小十郎を同室にさせるー!” 有り得ないか。小十郎が絶対、拒否するに決まっている。
“もっと仲良くしやがれ” ……違うか。

政宗が、爽やかな笑みを崩さず、言葉を発した。




「小十郎を暫くお前付きにさせる」


「…………は?」




おまえつき? おまえ月? いやあ、月じゃ無いよアハハハハハ。
え、何。これ、どういう意味。

が唖然としていたからなのか、政宗が補足するように言葉を続けた。




、お前よく城下に出かけるだろ。女、一人じゃ危ねえし……。
 小十郎なら俺の信頼に足る人物だ、任せられる。
 この機会に親交を深めろ」




あ、そうですか。いや、でも大丈夫だし。城下によく出かける、って、そんなまだ3回ぐらいしか行ってないんですが。
それにしても最後、命令形じゃん。命令。

笑いながら断ろうと思ったのだけれど、なんだか言うタイミングが掴めなかった。
政宗が笑いながら去っていく。小十郎が不服そうな表情でこっちを睨むように見てくる。



終わった。



の人生、終わってしまった。
なにこの蛇に睨まれた蛙みたいな。むしろ、龍に睨まれているような……。うん。
形容しがたい雰囲気がまわりに流れる中、小十郎が口を開いた。




「……俺としては、不服だが」


「あ、そうですか。それなら、小十郎さんからも言いましょうよ! 無理、って」


「言った」


「……すみません、そうですか、すみません」


「だが、命令されたとならば致し方ない。お前の身辺に今日から暫く付くことになった。
 お前が危ないことをしたら、きつく叱れと言い付かっている」


「叱れ、って……」




政宗はのお母さんか、と言う言葉が口をついて出そうになったが、なんとか飲み込む。
そんな言葉、小十郎の前で言ったら……! どうなるか、なんて怖すぎて予想出来ません。
というか、政宗の側近、みたいな存在なんだよね小十郎は。

の傍に小十郎が来る、という事は……。政宗の近くには誰が居るのだろうか。




「……あの」


「なんだ」




質問しようとしたら威圧的な態度で返された。なんなんですかコレ。
なんか“テメエ話しかけんじゃねえ!” っていう雰囲気がビシビシ感じ取られるんですけれども。
心の中で切なさを漏らしつつ、質問を続けた。




「あの、政宗様の傍には、」


「鬼庭殿が居る」


「あ、そうですか……」




質問、遮られた。
別に、別に良いけど、さ……。答えは的を射たものだし。

というか、鬼庭……? 誰だろう。会ったことがない。又いつか、会えるときが来るのだろうか。
そんな事を思っていたら、小十郎が話しかけてきた。




「今日は、何処かへ行くのか?」


「えっ、いや、そういう予定はありません」


「何処かへ出かけろ」


「えっ、な、なんでですかっ」


「俺が居る意味が無いだろう。何も無いと」


「……いや、なんていうか……。なんといえば良いのか」


「何処にも出かけないのだったら、前田のところへ行け」


「なんですかその命令口調」


「文句が?」


「無いです、いやスイマセン!」




小十郎は笑顔を浮かべていた。──口だけ。目は笑っていなかった。
背筋にこみ上げる悪寒、頭の中にテメエ文句でも、のたまいやがったら殺すぞ! という小十郎の声が再生された。

本当……。、どうしたら良いんだ。誰か助けてくれ。
そんな事を思いつつ、慶次を探して場内を練り歩く。あまり、城の中は歩いたことがなかったので迷う迷う。

「慶次ッ! 此処ですかー!」と声をあげつつ、部屋の扉を開けていく。ひたすらに。
間違えて厠の扉を開けてしまったときに、小十郎が後ろで「ぶっ」と噴出す声が聴こえた。
ぶってなんだ、ぶって。ってか、厠に誰も居なくて良かった。本当に。
人が入っていたらなんとも言えない雰囲気が漂う上に、には変質者と言うレッテルが貼られてしまう。

全力をもってしてでも、そんな事、阻止したい。
人から後ろ指を刺されて、えんがちょー! とか、されたら本当もう泣きたくなる。むせび泣く。

そんな風にいろいろ探して、扉を開けては閉め、開けては閉めを繰り返していた。
「慶次ー!」と、叫びながら扉を開ける。また、厠だった。これで数えて3つめぐらいだ。
なんだこれ。此処は厠帝国か。

小十郎が又噴出した。
厠の扉をパタンと閉めて、小十郎に向き直る。小十郎はまだ、少し笑っていた。




「小十郎、さん」


「……なんだ?」


「や、本当……切ないんですが」


「なんでだ?」


「そこらへんは察してください! 乙女の口から言わせる気ですか!」




小十郎がまた、また、噴出した。な、に、コイツ! 酷い!
笑いながら、「乙女は、厠の扉を叩きもせずに開けるのか?」と訊いてくる。
……厠だとは、思いもしませんでした。ってか、厠が二個も三個も四個もあってたまるか。

昨日までは簡単に慶次に会えていたのに、今日に限って何故か会えない。
何処に居るのだろうか。もう何十分も探している気がする。




「……小十郎さん」


「なんだ?」


「慶次って、本当に居るんですか?」


「居るだろう。きっと。帰る、とは聞いていないからな。
 勝手に帰ったとなれば、色々と問題が生じる」


「問題、ですか……」


「ああ。わかるだろう? アイツはまがりなりにも他国の人間。政宗様の敵だ」


「……なんか、うん……」




すこし、寂しくなった。
敵。にとっての慶次は友達、みたいな感じだけれど、他の人にとっての慶次は、
倒すべき、殺すべき人なのだろう。

戦国時代だし、しょうがないことなんだろうけど。なんだか物悲しく感じる。
信頼しあえたら良い、なんて、言う事は出来ない。そんなこと、言えるわけがない。
──この人たちにとってはそれが当然なのだから。




「……変な顔をするな」


「かっ、かお!? 表情じゃなくて、顔なんですか!?」


「どっちでもいいことだろう」


「いやいやいや、表情ならまだ直せるのに、顔だったら無理じゃ無いですか!
直せないって言うか、むしろ切なくなるんですけれど」




そこまで言うと、小十郎は呆れたような口調で、「知るか」と呟いた。
知るか、ってなんだ。知るかって。重要問題ですよ。乙女にとって。
なんて、小さく小さく、聴こえないように呟いたのに、小十郎の耳にはしっかりと届いていたようで、
「はんっ」と鼻で笑われた。

あ、どうしよう。心が痛い。とても、かなり。目から汗が出てくるよ、ハハン。
っていうか小十郎、どうしようもない毒舌ですね。知りませんでしたウフフ。




「それにしても、本当に前田は何処へ行ったんだ。
 これだけ探しても見つからないなんて、……居なくなったとしか、考えられないのだが」


「そうですね……、何処にいるんでしょう。他の人に聞いてみたり……」


「お前は、知らないのだろうな」


「……知ってたら、こんなにも歩き回ってませんし」


「………………」




小十郎は暫し無言になってから、の目を見据えて、何かを言いかけた。




「……お前は、…………」


「なんですか」


「……いや、良い」




小十郎は、目を伏せて、そう言った。
何を言おうとしたんだろうか。そう思ったけれど、“なんですかね、教えてくれませんかデヘヘ”とか、
訊こうとするのは、無粋な気がして。止めておいた。


その後、かなり探し回って慶次を見つけた。慶次は城下町に出かけていたようで、
城門から入ってきた。手には色々なものを持って。

は、すこし、ほっとした。
なんでだろう。わからないけれど、ほっとしたんだ。

小十郎が、「前田!」と声を張り上げて、慶次の名前を呼ぶ。
慶次は、にへらにへらと笑いながら「なんだー? 小十郎さん、っと」なんて、
歌うように、言葉を紡ぎながら、小十郎に近づく。

慶次が、小十郎の手の届く範囲まで来たとき、急に小十郎は慶次の胸倉を掴んで、顔を近づけた。
慶次が「うわっ、何だよ!?」と、驚いたように声を出す。




「……おまえ、何処へ行っていた」


「何処って、城下」


「何をしに」


「え? いや、ちょっと欲しいモンがあってさ」


「欲しいものとは、なんだ」


「ん、これこれ!」




慶次は笑いながら、何処からかモノを取り出した。
それは、鮮やかな色をした簪。
小十郎がそれを見て、顔をひくつかせて、絞り出すように声を出した。




「……おまえ……」


「……なんだよ?」


「かんざし、なんて……自分につけるのか」


「ンな訳ねえだろうがっ! にやろうと思って買ってきたんだよ、に!」




そういって、慶次はに簪を差し出した。
驚いて、「えっ、な、なんで?」と声を出すと、慶次は頬を朱に染めながら、照れくさそうに笑って、
言葉を発した。




、こういうモン、持って無いだろ? だから」


「え、いや、でも……」


「付けなくても、付けてもいい。持っていてくれるだけで、俺は嬉しいから。
 貰ってくれよ、な! 友情の証、みたいな、そんな感じで」




いいだろ? と言って、慶次は笑った。とてもとても、綺麗に。
断る理由なんて、ない。「ありがとう」と言って、簪に手を伸ばしたとき──、
小十郎の手が、よりも先に簪を掠め取った。

驚いて呆然とする。慶次もまた、驚いたように「おっ、おい、お前にはあげるなんて……」と、
慌てたように言葉を発する。
小十郎は、簪をなにやら触って、空の陽に透かして、なんだか色々としてから、に渡してきた。

「大丈夫だ」なんて、言いながら。

慶次がその言葉を聞いて、驚いたように目を見開き、「……俺は……」と震える声で呟き、俯いた。
小十郎がそんな慶次を一瞥してから、の手を引いて、「政宗様のところへ行くぞ」と言って歩き出した。

え、ちょっと、なんですか。急に。
そんな事を思いながら、遠のいていく慶次に、「慶次! ありがとう!」と大声で感謝を述べたのだけれど、
何の反応も示してくれなかったから、多分、聴こえてなかったのだろう。

本当は手を振り払ってでも慶次の傍に言って、お礼を言いたかったのだけれど、
手を握ってくる小十郎の力が強すぎて、振り切ることが出来なかった。


もう一度、「慶次!!」と声を張り上げる。今、お礼を言わなきゃいけない気がした。
慶次が声に気付いて、顔を上げる。の顔を見る。

「ありがとう!!」と続けて声を張り上げる。
慶次はそれも聴こえたようで、笑みを浮かべた。さっきのような、綺麗な、元気な笑みでは無く。
儚く、壊れてしまいそうな、笑みを。



小十郎が「五月蝿い」と言って、の頭を軽く叩く。痛いんですが。
そんな事を言おうとしたけれど、やめておいた。なんだか言うのがはばかられた。

慶次はいつのまにか、居なくなっていた。



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疲れました……。最後だけシリアス。政宗=小十郎ですが、ちょいとだけ小十郎には主人公付になってもらいました。
何故か、と言いますと次の話になるので言えません……すみません。
全体的に言うと、小十郎ひどいよ小十郎、って感じですね。