慶次は去ってしまった。誰にも何も告げず、ひっそりと。それに気付いたのは、天守閣から自身の部屋へと戻ったときだ。は慶次と一緒の部屋だから、障子をあけたとき、慶次が居ないのを見て、そう悟ったわけだ。

別れの挨拶はいらねえぜ! ということなのだろうか。なんの書置きも無く、なにも残さず、慶次は何処かへと行ってしまった。
少しだけ、寂しかったけれど、なんだか、その別れ方が慶次っぽくて。

──また、会おうね、と約束をした。慶次は絶対に、守ってくれるだろう。はそう、信じている。

慶次は、自分の行くべき道を、進んでいった──。




Act48.進む勇気と成長する心




──は、少しだけ決心を決めていた。今日こそ、佐助にの気持ちを言おう! と。
なんだか、の気持ちを言おう、って告白かよ、という感じもするけれど、違う。
『感情はいるかいらないか』……それにたいしての気持ちを言おうと思っているのだ。

だから、今、必死に佐助を探しているのだけれど、何故か見つからない。何処に居るのだろう。
出てきて欲しくないときには、ひょっこり出てきて、出てきて欲しいときには全然出てこないって、どういうことですか。

心の中で盛大に愚痴を零す。……そんなことしても、駄目っていうか、どうにもならないことは知っているけれど。

は後ろに振り向いた。そこには、小十郎が居る。むすっとした表情を浮かべて、が見ていることに気付くと「何だ」と不機嫌そうに言う。

小十郎は佐助の居場所、知っているだろうか。ふとそう思いたち、は小十郎に問いかけた。




「あのですね、佐助の居場所、知ってますかねー」

「はあ? 佐助って……、猿飛佐助のことか」

「そう、んで、知りませんか」

「……確か、昨日の花見の場所へと向かうのを見た奴が居るが」

「き、昨日の……? え、ええー」




昨日の花見の場所なんて覚えてませんよ! 佐助が帰ってくるまで待てってか!
そんな事を思いつつ、「ええー」やら「うわー」とか呟いていたら、小十郎が怪訝そうな表情を浮かべて、




「なんだ。猿飛になんの用がある」

「え、えー、いや、ちょっと話してみたいなー、なんて……」

「? ちょっと?」

「うん。ええと、駄目ですかね。ってか、連れて行ってくれませんか? 途中までで良いので」

「……別に、お前が行くところには俺もついて行かなきゃならないからな。
 それに、命令は聞けと言われている。良いぜ、こっちだ」

「あ、有難うございますー」




小十郎がの前を率先して歩いていく。それに置いていかれぬよう、はついていく。
……んー、にしても、小十郎……、少しは態度、軟化した、よね? の間違いじゃなければ。
それだとしたら、嬉しいなあ。凄く。
にへにへと頬を緩ませていると、小十郎が「おい、気持ち悪いぞ」と言って来た。
き、気持ち悪いて……! ってか、振り向いてもいないのに、気持ち悪いかどうかなんてわからないでしょうに。




「気持ちわるくなんかありませんー。っていうか、どうして気持ち悪いとかわかるんですかと!」

「別に。そういう気配がした」

「け、けは……? 何言ってんですか小十郎さん。気配なんて。あはは」

「お前……野菜の肥料にしてやろうか」

「はっ!? ひ、肥料……!? なんですかそれ、脅しじゃ無いですか!」

「はっ」




鼻 で 笑 わ れ た … … !
な、なにこれ、酷い! 心が凄く傷付きましたよ小十郎!
……態度が軟化、してない……。

はあ、とため息をついて、周りを見ると、昨日と同じ風景が広がっている。
まあ、昨日のような華やかさは無いのだけれど。昨夜の暴風のせいで、大半の桜の花が散ってしまっているら、だ。
その代わり、といっては何だけれど……の歩いている道には、桜の花が敷き詰められていて、凄く幻想的だ。

うわーキレイだなー、写真に撮りたいな、なんてそんな事を考えていたら、小十郎がぴたりと急に止まった。どうしたんだろう、なんて考えていたら、小十郎が振り向き一言、




「本当に、会うつもりか」




……は? どういう意味だ、っていうか何、急に。そう思った事が、顔に出ていたのだろう。小十郎は舌打ちをし、怒ったように言葉を続けた。




「……此処から先に、猿飛の野郎は居るだろう。けれど、本当に会うのか」

「ん? どういう意味? ごめん、よくわからないんだけれど……」

「……血の匂いがする」

「へ?」




思わず、変な声をだす。血の匂いって、……ん? どうして? って感じだ。
小十郎は言葉を続ける。




「別に、お前が気にしないなら良いが、この事については政宗様から言付かっているからな」

「へ? なんて?」

「……自分で考えろ、と言いたいところだがな……、
 『血の匂いがするところ』、『人が死んでいるところ』、『そのような気配があるところ』。
 そこにはお前を連れて行くな、と言われている」

「……それは…」

「後は、『に危険が及びそうなところ』にも連れて行くな、と言われている。
 ──血の匂いがする。この先から。それは、政宗様から言われた、連れて行ってはいけぬところに入る。
 だから、俺は連れてはいけない。此処から先に」

「え、でも、佐助がこの先に居るんだよね」

「居るだろうな。……きっと」




そう言って、小十郎はの手を引っ張り、佐助の居るであろう場所とは逆の方向へ歩き出した。
ちょ、ちょっと待って、よくわかんない。
佐助の居るところから血の匂いがして、其処は危険だから、小十郎はを安全なところへと連れて行こうとしている。

何だか良くわかんなくて、それに小十郎が足早にを引っ張るから、だろう。
足がもつれて、はこけてしまった。小十郎が「なにして」と言葉を発したけれど、それは違う声に阻まれてしまった。
の、足が向いている方向から聞こえてくる声によって。




「あれ、何してんのー、ちゃんに小十郎さん、だっけ」

「……猿飛」

「あらー、ちゃん、こけてるし! 大丈夫?」



地面を足早に歩く音がしたと思ったら、は佐助によって、その場に立ち上がらされた。
佐助が苦笑を浮かべて「うわ、砂がついてる」と言い、の服を払う。




「駄目だよー、こけちゃあ。危ないし、怪我だってするしさ」

「……うん、有難う」

「いーえ、どういたしまして」




佐助が先ほどとは違い、微笑を浮かべる。それを見て、少しだけほっとしたのも束の間、は佐助の頬に黒い何かがついているのに気がついた。
これは……? なんだろう。そう思って、佐助の頬に手を伸ばし、それを拭う。
佐助が一瞬、驚いたような表情を浮かべて、「うわ、あちゃー」と呟いた。
あちゃー、って?

佐助の頬を拭った指先が少しだけ、ぬっとりとする。ん、液体だったのか。
指先を少しの間、見ていたとき、唐突に気付いた。この液体って。




「……血?」




思わず声に出した言葉は、佐助にしっかりと届いていたようで、苦笑を零された。
なんで、血なんか。っていうか、血出すなんて、佐助、怪我でもして──。




「あーあ、ちゃんと全部拭ったつもりだったのに」



佐助が、冷え冷えとした声を出す。身が竦んだ。




「ごめんね、気持ち悪いかな」

「き、もちわるくはないよ、それより佐助、怪我でもしてるの……?」

「いや? 全然」

「え? だったら、これは……」




そう問うと、佐助は本当に申し訳なさそうな表情を浮かべて、




「ごめんね、俺、言ったよね。忍びだって。
 そこまで言えばわかるよね。忍びの仕事を今さっき、してきたんだよ」

「……へ」

「それは、俺の血じゃない」

「──!」




小十郎がの手を強引に取り、引っ張る。驚いたは、又もや足を縺れさせ、こけそうになった。




「ちょ、小十郎さん、何をっ」

「早く帰るぞ。話すだけだったんだろう。これで用件は終わったはずだ」

「ちが、ちがくて! 話す用件はこれだけじゃない!」

「うるさい」

「小十郎さん、まだ話したいことがあるんだけど」

「──それは今、しなければならないことではないだろう。後にしろ」

「それはそうだけれど……、でも、今、話したいんだよ」




小十郎が足を止め、に目を向ける。冷ややかな視線だ。
後ろに視線をやると、佐助が苦笑を浮かべているのが見えた。




「お前は、どれだけの人間から大切にされていると思っている」

「……え、なに、急に」

「お前は、……政宗様にとって、大切な人間だ」

「……え」

「政宗様は、お前が傷付くことはないように、とりはからっている。それを知っているか」

「え……」

「俺は、そういう風に誰かを甘やかすのは良くないと、思うがな。
 ──お前は違う世界の人間なのだろう。傷付くことのない、争いなんてしらない、そんな世界の。
 人間が死ぬ姿なんて、見たことがないだろう?」

「それは、……お葬式の時とかに」

「──もがいて、苦しんで、死んでいく人間なんて見たことがないだろう。
 そんなお前が、猿飛とへらへらできるはずが無いだろう。猿飛は……違う。お前とは、違う」

「違う、って……何言ってるの」

「……」




小十郎がを睨むように見る。怖い、凄く。
何か言おうとするのだけれど、何をいう事も出来ない。頭の中に言葉が思い浮かばない。

小十郎がはあ、と溜息をついて、「……仲良くは、するな」と呟いて、から手をはなした。




「小十郎さ」

「此処で見張っているから、話すならそこでやれ」

「……うん」




見張っているって……。少しだけ、言葉に引っかかりを覚えつつ、は佐助のところへと向かった。色々と、決着をつけるために。


佐助はが近寄ってきたのに驚いて、「え、どうしたの?」と問う。




「──あのさ、前の話、なんだけれど」

「ああ。……感情の?」

「そう! 、その、感情は……いると思った」

「何で」




佐助は語尾を上げて、に問いかける。




「……無くしたら、駄目なんだよ。多分。
 悲しんだり、疎んだり、苦しんだり。そういうのって、あんまり……いらないって思う、けど!
 そういうのじゃなくて、嬉しかったり、喜んだり、幸せとかいろんなこと感じたりするのも、
 感情だから、……は、感情、欲しい」




そこまで言うと、佐助は微笑を浮かべて、「そっか」と一言、の頭に手を乗せた。
が驚いて、佐助の顔を見ると、佐助は「それで良いんじゃない?」と続ける。

余りにも呆気ない、その言葉に驚いた。もっと、なんかこう……色々、言ってくるんじゃないか、なんて思っていた。




「合格だよ、うん」

「ご、合格……?」

「そう。これからも旦那と仲良くしてやってね」

「幸村と?」

「……ちゃんは、多分、旦那の支えだから、さ」




そう言って、佐助は嬉しそうな笑みを浮かべた。ゆ、幸村の支え、って? 意味がよく、わからないんですけれど……!
そう考えていたら、小十郎が何時の間にやら近くに来ていて、「話はすんだな、帰るぞ」と言って、の手を引っ張る。


焦りつつ「さ、佐助! バイバイ!」と言った……後に、バイバイって外来語じゃん! と気付いた。
佐助、意味がわからないんじゃないだろうか。

小十郎が「仲良くするな、と……」と言って、はあ、と溜息をついた。
いや、溜息つかれても困るんですけれど……。



──来たときと同様の道を歩きながら、思った。
は少しでも、慶次のように進むことが出来ただろうか。
自分の、行くべき、道を。

桜の散ってしまった木が、の問いに答えるようにさわさわと揺れた。


NEXT


佐助とわか、和解的な……。


2007/07/23