Act50.自分に出来ないこと




城下町から帰ってきて、次の日。はまず、手伝いをすることを決めた。ので、女官さんに会いに行ったのだけれど、「いえ、お客人にそのようなことをさせる訳には……」と言われて、手伝うことが出来なかった。
こういう時、凄い食い下がれば良いのだろうけれど、見ればかなり忙しそうで。これは、食い下がっていたら相手の方に迷惑がかかるだろう、と「そうですか……」と言って、すごすごと帰ってきた。

ん、誰かの役に立とうしようとしているのに、なんだか空回りしている感じがしないでもない。
っていうか、お客人って。って、お客人だったの? なんて、今更なことを考えてしまう。

元親と元就についてくるように、奥州へやってきて。、奥州に来てから、というか四国に居たときも、なにもしていない。守られてばかりだ。
だからと言って、剣術を習うことも出来ないし、戦に出ることも出来ない。昔から剣道やらなにやらをしていた人なら少しは役に立てるのだろうか。でも、生憎、はそういう武術なんてやったことがない。

教えて欲しい、と言っても基礎体力さえ出来ていないだ。きっと人の邪魔になってしまう。
第一、には覚悟が無い。
──なにか出来ることが有れば良いのに。にも、出来ること。

どうしようもないので、考え事をしながら縁側を歩いていると──、誰かにぶつかってしまった。
全然気付かなかったので、「うひゃっ」と変な声を上げてたたらを踏む。その後、直ぐに「す、すみません!」と頭を下げた。

すると、ぶつかったほうの相手は「……」との名前を嬉しそうに呼んだ。元就の声だ。頭を上げると、想像通り、元就が立っていた。……嬉しそうに微笑みながら。




「奇遇、だな」

「元就……そうだね。元就、どうしたの?」

「……少々、暑いからな。氷でも貰いに行こうかと」

「んー、そうだよね、暑いもんね……」

「ああ。……も一緒に行かぬか?」




一緒に、かあ……。うん、なにもすることがないし……。それに、元就と行く途中、話すことが出来るのなら。そこまで考えて、「うん、一緒に行くよ」と答えた。
すると元就はふわりと笑い、「……そうか」と言い、歩き始めた。

元就の後を、追うようにも歩く。考えてみれば、元就と二人きりになったのは、本当に久しぶりだ。なんだか懐かしくて、嬉しくて、は思わず笑みを零してしまった。
すると同時に元就が振り向き、怪訝そうに顔をしかめながら「……何故、笑っている?」と問いかけてきた。




「ん? いや、なんだか久しぶりだなーって」

「久しぶり?」

「そう。元就と一緒に話したり、歩いたりするの。最近、全く話せてなかったじゃんか」




そういうと、何故か表情を曇らせ、「……そう、だな」と呟くように言う。ん? もしや、変なこと言った? え、でも普通に話してただけだよね。
そんな事を思いつつ、「それにしても」と言葉を続ける。




「最近、本当に暑いよねー。かき氷とか、凄い食べたいよね……」

「……そう、か」

「うん。後は、海とかにも行きたいよね」

「そうだな……」

「んー、それにしても、元就。氷って何に使うの?」

「窓辺や、寝台の横に置く」

「え、それだけ?」

「ああ。氷は見ているだけで涼しくなるし、窓辺や寝台の近くに置いておけば、涼しくなるだろう」

「そっか。そういう物なんだ……」




ふうん、と声を漏らすと元就が「……の世界では、どうだったんだ?」と首をかしげた。
それに「の世界?」と言いつつ、元就の横に並び、歩き出す。元就もの横で、と同じペースで歩いていく。

の世界での、氷の使い方、だろうか。んー、例えば飲み物の中に入れるとか、かな。
そう考えて、そのまま言葉に出す。すると元就は「飲み物、に?」と語尾を上げ、怪訝そうにする。




「そう。熱い飲み物とか、ちょっとぬるくなった飲み物とかに入れたりして。冷たくなるからさー」

「そうか。そういう使い方もあるのか。だが、それでは暑さはどうなるのだ?」

「暑さ? 身体に感じる暑さは……クーラーっていうのがあるからさ」

「クーラー……?」

「そうそう。冷たい空気を出してくれるんだよー。夏場は使ってるかな」

「良いな……そういうもの。の世界には、そういうものがあるのか」

「うん。技術が凄い進歩してるからさー」




そういうと、元就は「技術が……。凄いな」と、やっぱり嬉しそうに笑った。
そして、「その頃には我はもうおらぬのだな」と続ける。え、ちょっと何を急に。
驚いた顔をしていたのだろう、元就は苦笑を浮かべながら、「……我が、と同じ時代の人間だったら良いのに、と思うときがある」と呟くように、言葉を発した。




「……そうしたら。そうだったのならば、良かったのにな」




瞳を伏せ、小さく、か弱い声でそう紡ぐ元就。なんというか、うん。それはだって、思う。時折、だけど。がこの世界の人間だったら、と。
そうしたら、もっと幸せに楽しむことが出来ただろうし、剣術だって、少しは習っていたりして……、誰かの役に立てたのに、と。でも。が、この世界、この時代の人間だったら。
「だが」と元就は続ける。




「──と同じ時代の人間でなくて、良かったとも思う」




元就がぴたりと足を止める。も足を止め、元就の顔を伺うように見る。
元就はなんだか悲しそうな表情を浮かべながら、




「もし、が同じ時代だったならば、会えなかったかもしれぬ。……を知らぬまま、過ごしたかもしれぬ。
 と出会えぬのなら、我は、が同じ時代の人間でなくても、良い」

「……元就。……ありがとう」

「何故、礼を言う?」

「え、いや、だって……なんだか、嬉しくて……」




思わず、なんだか顔を俯かせてしまう。つまりは、元就はに会えてよかった、と言っていると考えても良いのだろうか。だとしたら、嬉しい。
そういう風に言ってくれる人が居ることが、本当に嬉しいのだ。

元就がの名前を呼ぶ。




「……も、元就に会えて嬉しいよ。元就と会えるなんて、本当に幸せ。
 元就と会えないのなら、元就が同じ時代の人間じゃなくて、良い」




元就が「……」と、驚いたようにの名前を呼んでから、そっとの頬に手をそえて、顔を上げさせる。目に入ってくるのは、元就の嬉しそうな表情だ。




「……有難う」

「んえ、そっ、なにお礼を言って! っていうか、の方が有難うだよ!」




なんだか気恥ずかしい雰囲気を無くすように、手を顔の前で振り、歩き出した。きっと、頬を少し赤くなっていると思う。
このっ、美人が笑うと駄目なんだってば! 綺麗な人が笑うと、普段でも綺麗なだけになんかもう……!

元就が後ろから「どうかしたのか?」と怪訝そうに問いかけてくる。ど、どうかしたって! 貴方のせいですよ。……なんて言えるわけもなく。「氷、貰いに行こうっ」と誤魔化すような言葉を言って、足早に歩く。

すると、元就が「……怒った、のか?」と心配そうな声音で恐る恐る、というように、言葉を発した。後ろから聞こえてきた足音が止まり、も立ち止まって、元就を見る。
元就は、「……我は、いつも大切な人を怒らせてしまうな」と困ったような表情を浮かべた。

……なにやら、誤解を招いているようだ。のせい、だよね。
元就に近寄る。元就は肩を竦めて、「……?」と不安気にの名前を呼んだ。




「……ごめん、誤解だよ。その、あのさ、嬉しかったんだけれど、恥ずかしくて……。うん。ごめん。そりゃあ足早に行けば、誰だって驚くよね……」

「……それは」

「うん、まあ、その……嬉しくて、その、顔が赤くなっているとこ、見られたくなかったから」

「……そうか、なら良い」




なんだろう、恥ずかしい。なんか、子供っぽい行動したなー、とは思うんだけれど、しょうがない、よね! だって、目の前で美形の笑顔ですよ笑顔! 無理、顔赤くならないほうがおかしい。

心の中で良いわけを繰り返していると、元就がの手を引っ張った。見ると、頬を赤くして、「……早く、行こう」と歩き出す。


少し歩いていたら、縁側に座る元親を見つけた。元就が「……あいつは何をしておる」と、ゆるく繋がれていた手を離した。手の中の暖もりが無くなって、少しだけ名残惜しい。

元就に「声かけてみる?」と問いかける。すると、「ああ。そうだな……」と言い、元親の名前を呼んだ。
元親は元就の声に気付き、「ん? ああ、元就にじゃねえか!」と声を弾ませた。近づいていくと、何かをしているのに気付いた。
見れば、手に木の枝を持って、地面に何かを書いていた。

の視線に気付いたのか、元親は照れくさそうに笑い、




「何も、することがねえからな……。色々考えていた」

「そう、なんだ?」




地面に書かれているのは、かな文字だろう。けれど、達筆で読めない。なんて書いてあるの? と、聞くわけにもいかず、じっと地面を見つめる。
すると、元親が足でその文字を消してしまった。うあ、解読しようとしていたのに。

そんな事を思っていると、元親が小さく「することが無いって、暇だよなー」と呟いた。




「そりゃあ……そうだよね」

「ほら、なんていうか。一応捕虜から家臣、っつーことになったわけだけれど、信頼されてねえみたいで」

「……? へ?」

「だから、今だって家臣団で次の戦の話し合いしているのに、入れて貰えねえんだよな。
 ……別に、それがどうということでもない。ちゃんとあいつ……伊達家に忠誠を誓ったわけでもない。それに、敵だったからな。
 信頼できないのも、しょうがない。けど、納得は出来ないんだよなー」




元親が苦笑を浮かべ、頭を掻く。そういえば、小十郎が朝に「俺はお前から離れるが、へんなところに行くなよ」と言って、何処かへ行った気がする。あれ、話し合いに行ったのか。

元就が「……しょうがないだろう」と苦々しげに呟く。




「伊達家の家臣達が我らを信用出来ぬことは、重々承知しているはずだろう。此方へ、来たときから。
 名目では伊達に仕えることになっているが、家臣たちは何時、我らが裏切るか気が気でないのだろう──」

「裏切ったり、出来るはず、ねえのにな……。そりゃあ、伊達を殺すぐらいなら出来るだろうけれどよ。それはしたって、意味が無い……。雪辱を晴らすにしても、……もう、誰も俺の下には居ないのに、な」




一瞬、伊達を殺す、と言う言葉に反応してしまった。大丈夫だ、絶対に、この二人はそんなことしない──。
元親が、達から視線を外し、空を見上げる。つられて、も顔を上げた。
空には雲が漂っている。何を見ているのだろう、と疑問に思ったのだけれど、声には出さない。




「──四国は、どうなっているんだろうな」

「……どうだろうな……」




空白が続く。は何をいう事も出来ず、空をただ見上げていた。
すると、軽くの肩が叩かれる。空を見上げるのを止め、肩を叩いた人物を見た。元就だ。




「……氷を、貰いにいくぞ」

「え、あ、うん」




そう言って、元就は元親の傍から離れる。元親は何も言わず、ずっと空を見上げていた。







厨房についた。中を見てみると、女の人たちが色々と忙しそうに動き回っているのが見えた。
丁度、外へ出てきた人が居る。中に居る人のなかでは、随分と若い女の人だ。
に気付き、「あら、様。どうなさったのです?」と柔らかく問いを投げかけてくる。




「……え、あの、氷が欲しいのですけれど……良いですか?」

「はい。少しの間、お待ちくださいね」




そういうと、女の人は厨房の中へと逆戻りした。そして、少し経ってから氷の入った器を手に、戻ってきた。
笑顔を浮かべて、に差し出す。




「此方が氷です──、あら、元就様も……。どうなさったのですか」

「……用事は済んだ。もう良い。行くぞ、

「え、あっ、あの! 有難うございました!」




元就が踵を返し、足早にその場を去った。は慌ててお礼を言い、元就の後を追いかけた。


元就との距離はそこまで離れていなかったから、すぐに追いつけた。元就を仰ぎ見ると、不機嫌そうに顔をしかめていた。が、の視線に気付くと、いつもの──、無表情だけど、少し、ほんの少しだけ笑みが加わったような、そんな表情を浮かべて、「どうした」と問う。




「……なんにも……。それより、はい。氷」

「……ああ、有難う、




が差し出した器を受け取るさい、元就の手との手がぶつかった。すると、何を思ったのか元就は驚いたように手を引っ込め、危うく器が落ちそうになった。
「元就?」と名前を呼ぶと、「……あ、ああ、すまぬ」と言い、今度こそ本当に元就は器を受け取った。




「どうしたの? 元就、なんだかおかしいよ」

「……おかしくなど」

「そう……かな、ううん、おかしいよ!」




そう言うと、元就はなんだか悲しそうに笑った後、「……はお人よしだな」と言い、に背を向けた。
元就、と名前を呼ぶと──元就は「一人に、してくれ……」と、呻くように呟いてその場を足早に去っていった。


向けられた背中が、なにかを拒絶しているようで、声をかけることも、近づくことも、なにも出来なかった──。



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元就と元親編が始まったり。色々と可哀想な二人。
文章が毎回短いので、これからは長くしていこうかな、と。
それにしても、文章を書くと毎回登場する人物の感情の浮き沈みが激しいです。あれ。

2007/08/23