少女は膝をつき、顔を俯かせた。視界に入った全てのことが、信じられなくて。


(野党が来た。全て、奪われて、なにもかも無くなった。畑が燃やされた。何も出来なかった。
穀物なんて、無い。それなのに年貢は納めなければならない。納めなかったら、罪に問われてしまう。
おら達は何も悪いことなんてしていないのに、どうしてこんな目に会わなければならないのだろう。なんで、おら達ばかり、こんな目にあわなくちゃいけないのだろう。どうして。どうして。どうして?)


悪いのは──誰なのだろう。

少女は顔を上げた。瞳には薄暗いものが渦巻いている。

悪いのは──きっと、



Act51.隠す気持ち


元就のことが気がかりで、あまり眠ることが出来なかい日々を過ごしていた。なんでだろう、こんなこと無かったのに。……今まで。まるで、恋する乙女みたいだ。……恋なんて、していないけれど。
徹夜をしたせいか全く動かない頭で、そんな変なことを考えつつ、布団から這い出た。きっと、表情は酷いものだろう。
布団から出ると、途端に肌に寒さを感じた。つい最近まで、夏だったのに。もう秋になっちゃうのかな、なんて、しみじみと考えつつ寝巻きを脱ぎ、政宗からもらった青い着物に着替えた。

来る前は全くと言って良いほど、着物の着方なんて知らなかった。それなのに、今では少々、不恰好ながらも自分で着ることが出来る。しゅる、と帯を結びつつ、このまま行けば着付けマスターになれるかも、なんて変なことを考えていたら、障子越しに名前を呼ばれた。

──低い声だ。こんな声を持つ人を、は一人しか知らない。
着物を着て、変なところはないか、しっかりとチェックしてから障子を開ける。案の定、小十郎が立っていた。



「……おはよう……」

「ああ」



上手く舌が回らなかった上に、欠伸を一つ零してしまった。眠い。
その上、掠れていて変な声だっただろう。っていうか、変な声だと自分でも思ったし、傍から聞けば「おあよう」とか言っているように聞こえたんじゃないかな。うわっ、恥ずかしい!

変な表情を浮かべていたのだろう、小十郎が怪訝そうな表情を浮かべて、「大丈夫か」と問いかけてきた。
それに「大丈夫……眠くて」と答えつつ、もう一度、欠伸をこぼすと、苦笑を浮かべられた。
……なんか、最近、苦笑ばかり見ている気がする。というか、小十郎が本当に心から嬉しそうに笑った表情なんて、あんまり見たことが無い。
きっと、優しく笑うんだろうな、なんて小十郎を見ながらぼうっと考えていたら、小十郎が口を開いた。



「寝る時間は十分にあっただろう」

「んー……。そうなんだけどね、ちょっと……」



何となく、『元就のことで悩んで眠れませんでした』なんて言えなくて、言葉を濁した。
きっと、怪訝そうな表情を浮かべられるだろうなーと考えていたら案の定。小十郎は怪訝そうにして、「どうした」と問う。



「ん、ごめん。なんでもないですよ」

「本当か?」

「本当、本当。大丈夫です。んで、小十郎さんはどうして此処に?」



強引な会話のすり替えだと、自分でも思う。でも、口を突いて出た疑問は、訊きたいことだった。
何をしに来たのだろう。大体は、が起きて、朝ごはんを食べてから──、そのぐらいの時間に小十郎はのところへ来ていたのに。
こんな、朝早くに、どうしたのだろう。小十郎に限って、『何となく』とか『お前に会いたくて』なんて無いだろう。っていうか、「お前に会いたくて来た」なんて言われたら、逃げ出す。裸足で。

それにしても、は徹夜をしたのだ。ということは、顔がむくれている。酷い顔になっているだろう。
それを──男の人、しかも小十郎に見られるのは恥ずかしい。羞恥心のせいか、顔が俯く。
そんなを見て、小十郎は何故か溜息をつき、怒ったように言葉を続けた。



「明日くらいか。お前の傍から、俺は離れるからな」



唐突に告げられた言葉を理解するのに、時間が掛かった。──離れる?
と言うことは、の傍に居ろ、という命令が無くなったのかな。それにしては四、五日後って……えらく中途半端だ。
そんな事を考えつつも、小十郎が傍に居なくなることに何だか少しだけ寂しさを感じた。

もう少し、傍に居たら──もうちょっと、仲良く……出来たのかもしれないのに、なんて思ったからだ。──そんなことは、多分無いだろうけれど。
小十郎の一番を奪った、ということになっているのだから、仲良くなんて出来ないだろう。

……まあ、離れたとしても、と小十郎は同じ場所に居る。ということは、会ったりすることだって、有るだろう。多分。
そんな事を考えつつ、「そっか。今まで、ありがとうね」と頭を下げる。すると、小十郎の呆れたような声が返ってきた。



「何を勘違いしている?」

「へ? え、いや、あの、の傍に居ろ、っていう命令が無くなったのかと」



顔を上げると、呆れたような表情を浮かべた小十郎が目に入った。酷い。そんなふうにしなくても良いのでは。
小十郎は盛大に溜息をつきつつ、言葉を発した。



「馬鹿か。──最北端で一揆が起こった。それを鎮めに行く」

「え……え?」

「俺、長曾我部、毛利。それと、何百人かの家臣を連れて行くことになるからな。だから、多分、明日には居ない。というか、今日も準備で忙しいからな。実質、今だけしか居られない」

「は、はあ……そうなんだ」



一字一句、丁寧にはっきりと発音してくれる。ある意味、親切だ。聞き取りやすい。
小十郎が「わかったか」と念を押すようにして、問いかけてくる。それに頷くと、「なら良い」と素っ気無く返事され、これまた素っ気無く「じゃあな。お前も俺が居なくなり、せいせいするだろう」と踵を返された。

せ、せいせい、って。何を言っているのだろう、小十郎は。思わず、唖然としてしまう。が小十郎と仲良くなりたがっていることを知って、そんな事を言うのか。どんな鬼畜ですか。
──せいせいなんて、していない。むしろ、寂しさを感じたのに、この人はそうやって皮肉じみたことしか言えないのだろうか。そう思うと、むかむかしてくる。
怒鳴ったって、しょうがないし……小十郎にとっては、こいつ何言ってるんだ的に感じるかもしれない。けれど、どうだろう。溢れた怒りは止めることが出来なかった。



「酷いですね! むしろ、悲しいですよ! っていうかそんな風に言うことないじゃないですか! 鬼畜か! 人をいじめて楽しいんですかっ」

「は? ……おい、どうした」

「小十郎さんこそ、せいせいしてるんじゃないですかっ! のこと、嫌いですしね!」



子供みたいだ。駄々をこねる子供。でも、一度溢れ出した言葉は怒り同様、止めることが出来なかった。
言い終えて、小十郎の唖然とした表情を見てから、一気に恥ずかしくなった。
……何を、言ってるんだろ、

逃げ出したい。この場から今すぐに。
言うだけ言って逃げ出すとか、なんだかどこぞのヘタレ悪役みたいだけれど、今、の頭の中には『恥ずかしい』と言う感情しか無かった。

踵を返して、小十郎との距離を広げていく。朝なので、走ることは出来ない。
あああもう、本当馬鹿だ! 何言ってるんだー! もう、小十郎と目も合わせられない……!
そんな事を考えていると、後ろから「……おい!」と叫ばれ、着物の裾を引っ張られた。思わず、つんのめる。
振り向くと、小十郎の焦ったような顔が目に入った。

思わず、驚きで目を見開く。すると、ばつが悪い表情を浮かべられ、ぱっと手をはなされた。



「……必ず」

「え?」

「必ず帰る。──良いな」

「あ……、うん」



唐突な言葉だ。何を言わんとしているのか、全然わからない。
小十郎は次の言葉を考えているのか、形容しがたい表情を浮かべながら、「だから」とか「……その」と口ごもる。
小十郎? と、名前を呼ぶ。すると、小十郎はいつもの表情を浮かべて、



「──帰ってきて、お前の変な顔を見てやる」

「へ、変! 酷い……」

「じゃあな。……待っていろよ」



そう言うと、小十郎は今度こそ本当に何処かへと行ってしまった。……なんていうか、恥ずかしい。言われた言葉は普通のものなのに。
──なんだか最近、よく頬が赤くなるなあ、なんて思いながら火照った頬を隠すように手を当てた。






その後、顔を洗いに行った。桶に入った冷たい水が、の意識をはっきりとさせる。備え付けてある手ぬぐいで顔を拭いていると、「」と声をかけられた。
声がした方に視線を向けると、元親の笑う顔が目に入る。



「元親! おはよう」

「ああ。、今日は早いな」

「んえ、んー、まあね。眠れなくて」



あはは、と場をごまかすように笑うと、元親の大きな手で肩を軽く叩かれた。
痛くは無かったけれど、衝撃があったので、よろけてしまう。それを見て、元親は薄く笑いながら「元就か」と語尾を上げた。

……なんだろう。見透かされているみたいだ。小さく頷くと、「やっぱりな」と呆れたような笑みを向けられた。



「ま、あんまり気にすんな。少し後ろ向きになっているだけだろ」

「後ろ向きって」

にもあるだろ? 後ろ向きになる時が。それと同じ」

「そう、……かなあ」

「ただでさえ、一人で抱え込む奴だからな」



苦笑を浮かべて、呆れたような声で言う。けれど、口調とは裏腹に、きっと元親は心配なのだろう。元就のことが。
何処か、壊れてしまいそうな元就。精神は強いのだろうけれど、なんだか危なっかしく見える。

ゲームで、元就は言っていた。「我を理解できるのは、我だけで良い」って。
それってつまりは孤独でもいい、と言っているのだろう。
……自分を理解できるのが自分だけだなんて、悲しいなあ、と思う。
けれど──自分を本当に理解できるのは、自分だけだとも思う。他人と自分は違うのだから。

……考えても仕方の無いことだ。他の事を考えることにしよう。
そういえば、小十郎は元親と元就が戦に行くって言っていた。……そんなこと、は知らなかった。まあ、言ってもしょうがないことなのだろうけれど。

そんな事を考えていたら、元親の手が頭に乗る。驚いて仰ぎ見ると、柔らかな笑みを浮かべられていた。



「そういう表情は、似合わねえぜ」



変な顔をしていたのだろう。元親は優しくの頭を撫でた。……子供扱いですか。



「ねえ、元親、行くんだよね?」



なんだか甘い雰囲気だ。それが耐えられなくて、口走った言葉に、元親は怪訝そうに表情を浮かべて「どこへ?」と返してきた。
……自分でも、急に話しが飛んだと思う。



「その、一揆を鎮めに……」



ぼそぼそとした声だ。なんだか、言うべきではなかったと思ったので、自然に声は小さくなった。
元親は居心地悪そうにしながら「あー……、知っていたのか」と問いかけてくる。



「ん……。っていうか、聞いた」

「そっか」



気まずい無言が流れる。
──は思ってしまう。何で、と。何で元親と元就、小十郎が行かなければならないのか、って。
こういう考え方はいけない。そうは思うし、分かっているけれど。
誰かがやらなければいけないのだ。そうしなければ、被害は広まるし、死傷者だって沢山、出てくるのだから。

には、止めることなんて出来ない。



「……?」

「んえっ、なにっ」

「何考えてんだ、お前」



元親の苦笑が目に入る。
あ、どうしよう。心配させたのだろうか。答えあぐねていると、風が吹いてきた。
寒い風。朝だから、しょうがないのだろうけれどさー、もうすこし暖かくても良いんじゃ、とか思ってしまう。
前までは暑い暑いもっと涼しくなれー! って言っていたのに、現金な奴だと思う。
朝、だ。朝なんだ。遠くの方から、鳥の鳴く声が聞こえてくる。前まで沢山居た蝉の声はもう聞こえない。なんだか、名残惜しいなあ。
縁側を行く人は少ない。

視線を彷徨わせていると、元親が「?」との名前を呼んだ。



「お前、本当に大丈夫か?」

「んっ? え、大丈夫だよ! 元気百倍ー!」



笑って、誤魔化した。変なことを言って、元親を困らせたくない。
そんな風に線を引くことで、元親は突っ込んでこない。いつものように笑みを浮かべ、「なら良いけどよ」と言った。



「じゃあ、俺は行くわ。準備もあるし」

「そっか。気をつけてね、本当に」

「ああ。お前もな」

「んえっ、?」

「そう」

「気をつけることなんて、無いよー」



目の前でひらひらと手を振る。すると元親は「そうか」と、の頭に手を置いた。
その後、薄く笑って、



「──じゃあな」



背を向け、何処かへと行ってしまった。


その背に向けて、ひらひらと手を振りながら、は何だか拭いきれない不安を抱えていた。




NEXT





2007/09/16