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──最北端。俺が居た四国とは全く違う。視界は見たことも無いほどの大量の雪で覆われている。 息をするたび、視界が白く濁った。 隣を見れば、元就が居る。ずっと後ろには、片倉たちが居るのだろう。 農民の力は強大だった。何処に、このような力が隠れているのだろう、と思う程に。 手に手に鍬、鎌、それに何処から調達したのか刀を持っているやからも居る。 顔には狂気が若干、浮かんでいるように見える。──そこまで、この農民たちは切羽詰まっているのだろう。 図らずも憐憫の情が湧いてきて、殺すことに抵抗を持ってしまった。 今も、向かってきた農民の足を斬り、戦意を喪失させることにつとめていた。──が、元就はその俺の行動が気に入らなかったのだろう。 此方に顔を向け、低い声で、元就は言葉を発した。 「何をしている」 「何って……農民の戦意を喪失させてるんだよ。その方が良いだろ」 「何故?」 「何故って、お前」 死ぬほどに悪いことをしたわけでもない。そう思ってしまうのは、俺が甘いからなのだろうか。 元就が持つ輪刀には、血がこびりついて居る。切れ味が悪くなっているのだろう、元就は向かってきた農民を一閃、それから舌打ちをした。 それを、悪いこととも思わない。だって、そうしなければ此方が死んでしまう危険があるのだから。 だとしても、そうだとしても──、頬に返り血をつけた元就を見て、俺は無意識に言葉を紡いでいた。 「……そんな、こいつらだって切羽詰ってしたことだろうし……。なあ、元就、あんまり、殺すなよ」 「? お前の言う意味がわからぬ。何故だ」 「何故って……」 「あやつらは襲ってくるのだぞ。我らを殺しに。殺される覚悟があるから、来るのだろう?」 心底、不思議そうな表情を浮かべ、元就は身体をこちらに向かせた。途端、息を呑んだ。 緑色をしていた甲冑が、今は赤く染まっている。知らない間に、背中を向け合っている間に──こいつは、どれだけの人間を殺したのだろうか。 「それならば、こちらも本気で行く。それが礼儀だろう」 瞳の奥に薄暗いものが渦巻いている。こいつのこんな姿は、久しぶりに見た。 思わず凝視していると、元就に薄い影がかかる。 何だ、と怪訝に思っていると、不意に視界に鍬が移った。とっさに「元就!」と叫ぶ。鍬を持って向かってくるのは農民──つまりは敵だからだ。 名前を呼ぶと同時に元就は振り向きざま、輪刀を振るう。かきん、と高い音が聞こえたと思うのと、農民が座り込むのは同時だった。 見れば、近くに折れた鍬が転がっている。 戦意をなくしたのか、はたまた腰が抜けたのか。農民は座り込んだまま動こうとしない。 元就の輪刀がひたりと農民の喉に当てられた。 「言え」 低い、声だった。思わず、俺まで背筋が粟立つ。農民が、恐怖で顔を真っ青にしているのが見て取れた。 農民は喘ぐように「ひ、あ」と言葉を紡ぐ。 「誰が一揆を企てた」 農民は恐怖のため、歯の根が合わないようだ。何をいう事もなく、その場で震えている。 元就の輪刀が農民の首に食い込む。血が伝ったのが見えた。農民がひ、と喉を鳴らす。 「言え」 「うああああ助けっ」 「言えと言っているだろう!」 「──元就!」 たまらず声を掛ける。冷えた瞳が俺をとらえた。ぞく、と背筋が凍る。 「何だ」 「やめろよ」 「……何を言っている」 声が一段と低くなる。俺を農民を指差し、言葉を続けた。 「もう戦えないだろ、そいつ」 「だから何だ。戦えないから、と見逃すのか」 「悪いかよ」 そう言うと、元就は輪刀を農民の首から離した。──そうだ、それでいい。 思わず安堵のため息をもらす。さあ、早く逃げろよ。見逃してやるから。そう、農民に言おうとした時、元就の冷えた声が耳をついた。 「──我は、お前と親しくしている」 「え? あ、ああ」 「お前の良いところ、悪いところ。一応は知っているつもりだ」 いきなり何を話しだすのだろう。そう思いながら元就の表情を伺い見る。無表情だ。何の感情も浮かべていない。 「簡潔に言う」 「あ、ああ」 「我はお前の、その甘さに虫唾が走る」 そう言うと同時に、元就は輪刀を振りかぶり、農民の身体を斬りふせた。俺はそれを、呆然と見ているだけしか出来なかった。 ……間を置いて、農民の顔が体から離れ、白い雪の中へと落ちた。目は恐怖で見開かれている。それから後、身体から盛大に血が噴出し、あたりの白を赤へと変えた。 唇がわなわなと震える。やっとのことで絞り出した声は、震えていた。 「なんで」 「我が訊きたい。何故、殺してはいけない」 「こいつには親だって、もしかしたら嫁、子供が……大切な奴が居たかもしれねえのに」 「それが何だ」 薄く笑みを浮かべられる。──瞬間、目の前が赤くなった。こいつは、いったい。 心が怒りで支配され、元就を殴ることだけしか頭に無かった。こいつは、おかしくなっている。 には後ろ向きと言ったが、後ろ向きどころの話じゃない。 肩を掴み、腕を振りかぶった。すると、元就が声を立て笑う。 「殴るのか!」 「気が、済まねえからな」 「誰のだ。お前のか? それとも、我に殺された奴らのか?」 ──低い音が響いた。元就の頬が赤くなり、口の端からは血が伝った。それなのに元就はおかしそうに笑う。 「何がおかしい!」 「お前は何のつもりだ。お前が我を叩き、それで何になる。 気が済んでどうなる? 帰るのか? “かわいそうだから殺せなかった”と、“一揆をする人間にも家族が居るから”と言うのか!」 「──何が言いたい」 「お前は要するに殺したくないのだろう、人を。命を奪うことが、嫌なのだろう! 手を汚したくないのだろう!! 家族が、大切な人が居る? 我らとて同じだ! 武士と農民、それだけの違いだ!! それなのに殺したくないと言うのか。はっ、おかしくて笑いがもれるわ!」 ──ぐ、と言葉につまる。図星だからではない。そういう考え方しか出来ない元就がかわいそうで、……心底、呆れたからだ。 肩から手を離すと、元就は俺から距離を取った。 「弱い人間など必要ない。去れ!」 「……ああ。俺は戻る。お前が一人で行けよ」 背を向けて、片倉たちが居るであろう場所へと向かう。 呼び止める声は、無かった。 Act52.知らないこと 「んへー美味しいー。これはたまらないね!」 「そうだな」 ……小十郎に元親と元就が、最北端なる場所へ言ってから、もう一週間だ。その間、は何をすることもなく、時折尋ねてくる政宗や幸村、佐助と話しているだけだった。 正直、城からは活気が無くなっていた。それというのも、あの三人に引き連れられて、何百人もの家臣が何処かへと行ってしまったからだろうなあ、とは思う。 朝、昼、夜。今ではそれらの全てが静かで、時間が緩やかに流れていくように感じていた。 今日も今日とて、縁側に座りぼうっと庭を眺めていたら、政宗がやってきて、の横に座り、「ほらよ」と団子を差し出してきたのだ。 なので、は今、団子を食べている。 これが又、とんでもなく美味しい。ヤバイ。頬が落ちる、という形容が似合う気がする。 そこまで甘くなくて、後味も良くて。きっと、はこの団子なら何個でも食べられるだろう。 そんな事を思いながらにへにへしていたら、政宗が「美味しいか?」とずい、と身をの近くに寄せて訊いてきた。近いです政宗さん。 ちょっと驚きでドギマギしつつも、「美味しいよー」と言う。すると、政宗は嬉しそうに笑みを浮かべた。 政宗は、が料理を食べているといつも「美味しいか」と訊いてくる。何でだろう、なんて考えれば直ぐ思いつくことだ。 口に含んだ団子を飲み込んでから、問いを投げかける。 「これ、政宗が作ったの?」 「え」 「え、って……違うの?」 「Ah,いや、そう言うわけじゃ……ねえけど」 「やっぱり作ったんだねー。いやー、政宗さんは料理がお上手ですねー。良いお婿さんになれるよ!」 そういいながら、皿に乗った団子を一つ、つまんだ。美味しいなあ。 そんなことを思っていると、政宗が呆れたように溜息をついたのが分かった。 視線を向けると、苦笑を浮かべているのが見える。 ……苦笑を浮かべさせるようなことなんて、言った覚えがない。頭を捻っていると、政宗が優しい声での名前を呼んだ。 「」 「ん、なに?」 顔を向けると、政宗の手が肩に回され、そのまま抱きしめられた。 ……え。…………え!? ちょ、ちょっと待て! なんですかこれは! 思わずじたばたと暴れそうになる。こ、こんな風に抱きしめられたのは初めてだよーヒューヒュー! って、何考えてるんだ自分! ちが、え、何この状況! 真面目に思考回路がショートどころか爆発してしまう。 「ヒイイイ政宗エエエエ!」と叫ぶように言うと、「うるさい」と言われて、手に力が加えられた。 ちょ、みみみ密着しすぎじゃないかね! 慌てて、力が強くてちょっと苦しくて、思わず「こ、こういうのするのは好きな人としなされ!」と胸の部分を力強く押した。 すると、耳元で「好きなやつなら、良いんだろ?」と囁かれる。 ……それって、どういう意味だ。 ぽかん、とした表情を浮かべ、行動を止めてしまう。それって、それって、それって。頭の中で言葉が回る。 それって、聞きようによっては、色々な意味に取れると思うのですけれど。……いや、でも! 違うよね! そういう意味じゃ無いよね! そう思い直し、は政宗の胸をぐいぐいと押し、腕から逃れた。 正直、今、の顔は、かなり赤くなっているのではないだろうか。 胸に手を当てて、「ちょ、も、本当やめよーよ!」と言うと、政宗はしたり顔で「何を?」と問いかけてくる。 ……この人は。 「そ、そういう抱きしめたりさあ! したらいけんのですよ!」 「Why?」 「な、なんでって……。言ったじゃないですか、好きな人にやりなよ、って……」 「だから、俺の方こそ、言っただろう」 政宗の顔がぐっと近づく。思わず身体を後ろへと退いてしまった。それを面白く思わなかったのか、政宗はの背中に手を回して、それ以上逃げられないようにする。 焦る。真面目に、今、大焦り状態だ。誰か助けてください。 周りを見渡すけれど、誰の姿を見つけることも出来ない。必死で首を巡らしていると、政宗の片方の手が優しくの頬に触れた。 「わかんねえのか?」 「や、やめ! あの、いや、わかってます! ものすごく、うん!」 「わかってねえだろうが」 必死で言葉を発していると、政宗の手がすっとの頬から離れ、背中に回されていた手も解かれた。 思わず溜息を漏らす。勿論、政宗には聞こえないように、だ。 政宗は一瞬、悲痛そうな表情を浮かべたが、直ぐにいつもの表情へと戻り、「まあ、いいけどな。それより」と言葉を続ける。 「お前、最近……色んな奴に『何か手伝うことはありませんか』って、訊いてるらしいな」 「へっ? あ、うん」 「なあ、お前は……、俺の命の恩人なんだぜ。別に手伝う必要なんてねえからな」 「え、でも……それじゃあ、気が済まないっていうか」 「良いって俺が言ってるんだ」 そう言って、政宗はの頭の上に手を置いた。 でも、そうは言われてもなあ……。なんだろう、なんだか嫌なのだ。誰かの世話にだけなり、なにもしない自分が。 が渋っていると、政宗が「じゃあ」と言葉を続けた。 「前にも手伝ってた、小十郎の農園。あれ、小十郎が帰ってくるまで、お前が世話してやれよ」 「へ!? え、でも、っ、農園とか植物のこと、あんまり良く……」 「Do not worry! 毎日朝に起きて、水やるだけだろ。多分」 「多分、多分って! もし枯れたりしたら……!」 「後ろ向きになるのは止めろ。枯れないだろ、きっと」 「きっとって……」 思わず、怪訝な表情を浮かべる。すると、政宗は「なんだよ、信頼できないのか?」と意地が悪そうな笑みを浮かべて、を見る。「それに、なにかしたいんだろ」とも続けて。 そ、そういう風にいわれると……。断れない、っていうか、頼んだのは、だしね……。 「わかった、やるよ。頑張る」 「それで良いだろ。じゃ、今日からな。早く水やりに行けよー」 「ちょ、ちょっと!」 政宗はけらけらと笑いながら、の背中をぽん、と叩いた。痛い、んですけれど……政宗さん。 恨みがましく視線を向けると、政宗は「なんだ? 小十郎の農園はあっちだぞ。迷うなよ」とニヤニヤとした笑みを浮かべられた。 こ、この人は……! 思わず握りこぶしを作りつつ、「迷いません!」と言い放ち、政宗に背を向けてその場から去った。 →NEXT 2007/9/17 |