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畑は、すごかった。何が、って広大だったので、水をやるのも一苦労だったのだ。 それに、水をやる際には葉っぱにかけてはいけない、と聞いた事があったので、始終、屈み込んでいた。 雑草とかは、全くと言っていいほどに無かったけれど、それでも虫が沢山居たから、は驚いた。 バッタとか、カエルとか、ミミズとか。なんだか名前を知らない虫が出てくると、は思わず「ひいっ」と言ってしまう。 目の前にいきなり、飛び出さないで欲しい。頼みますから。 水をやりつつ、そんなことを考えていると、幸村が縁側を歩いているのが見えた。武器を持って、佐助と共に。 何をしに行くのだろう。そう思って、畑から出、声をかけた。 「幸村ー! 佐助ーっ」 「殿!」 が声をかけると同時に、幸村は嬉しそうに笑みを浮かべ、どこから取り出したのか草履のような物を履き、に近づいてきた。 佐助も、同様に。 幸村が「どうしたでござる?」と問いを投げかけてくる。 それに、「いや、武器もって、何しに行くのかなと思って」と言うと、佐助が「鍛錬だよ、鍛錬」と声を挟んできた。 「鍛錬かあ。そっか、そうだよね」 「そうそう、俺様、旦那の鍛錬に手伝わなきゃいけないんだよね。戦馬鹿はこれだからもう……」 「ぬあっ!? なにを、佐助! 鍛錬をせぬと、力や体力が落ちるだろう!」 「へえへえ、そうですねー」 佐助の言葉にカチンと来たのか、幸村は声を荒げた。その様子がなんだかおかしくて、思わず笑いを零す。 すると幸村が「殿っ」と何だか少しだけ棘が混じった声での名前を呼んだ。 「あはは、ごめんごめん。いやあ、良いねー」 「何がでござるか。……鍛錬は、大切でござるよー!」 「それは分かってるよ、うん、幸村は努力しているね」 「はい!」 「には真似できないなあ」 そう漏らすと、幸村が「そうでござるか?」と疑問を言うように、語尾を上げた。 いや、そうでござるか、って無理です。無理。 心の中で色々とそんなことを思っていると、佐助が「それにしても、ちゃんこそ、こんな所で何してるの?」と問いかけてきた。 「ん、畑の作物に水をやってるんだよー」 「そうなんだ。でも、なんで?」 「ん、いや、小十郎さん、居ないじゃんか。だから」 「そこらへんの女中にでも任せれば良いのに」 納得いかない、と言った様子で、そう呟かれた。 いや、まあ、全く持ってその通りなのかもしれないけれど、さ。 苦笑を漏らしつつ、「、こういうことしか出来ないし」と言うと、幸村が「ようは、手伝っているのでござるな!」と声を弾ませた。 「そうそう。お世話になりっぱなしじゃ悪いしねー」 「ふうん。ま、そうかもしれないね」 「やることがあるのは、良い事でござるよっ! 某、この場で殿を応援したいでござる!」 「え。あ、いや……お気持ちだけ、受け取っておくよ」 あはは、と乾いた笑いを浮かべつつ、手を振る。……応援って。何をする気なのだろう。 何を考えても、の頭の中には変な想像しか浮かばなかった。 一人で色々な想像をして笑いを堪えていると、佐助が「じゃあ、俺たちはそろそろ……」と言い、にすまなさそうな視線を向ける。 それの意味を感じ取って、「ああ、うん。ごめんね、急に呼び止めて」と言う。 すると、佐助は苦笑を浮かべ、 「そんなことないよ。ちゃんと話せて、旦那も嬉しかったんじゃないかな。あ、もちろん俺様は楽しかったよ」 「なっ、さ、佐助──」 「それじゃあね。多分、鍛錬は長く続くからさ。畑仕事が終わったら寄ってよ。 ……ちゃんの前だったら、旦那、強くなるみたいだし」 「佐助!」 幸村が頬を真っ赤に染めて、戒めるように佐助の名前を呼ぶ。 それを見て佐助は、おかしそうに笑い手をひらひらと振って、その場から離れてしまった。 幸村はそんな佐助の後姿を見ながら、「それでは」とに向かって軽く会釈をしてから、小走りに後を追っていった。 一人になってしまった。は、屈みすぎて痛くなった腰をさすり、伸びをする。 すると、ぼき、と言う変な音がなった。うわー身体が老化してきてるよー誰か助けてー。 ……自分で考えていて、切なくなってきた。 空を見上げる。青い空が広がっているのを見て、は肩に手を持っていった。揉むと、美妙に気持ち良い。 あー……、微妙に疲れたなあ。 痛みが取れないので、ラジオ体操まがいのことをちょこっとして、筋肉をほぐし、はもう一度、畑の中へと入って行った。 雑草があったら毟り、葉っぱが枯れていたら取る。 小十郎が丹精を込めて育てた植物は大きく、トマトの茎はと同じくらいの高さがある。 茎の先には白い花、時折、緑色の実がついていて、もう少ししたら赤くなって食べられるようになるのかなあ、なんて頭の隅っこで考えていた。 それにしても、畑を回っていて気付いたのだけれど、小十郎の農園には基本、食べられるものしか埋まっていない。 ……まあ、小十郎が花とか育ててあははうふふお花綺麗! とか言っている姿は想像できないのだけれど。 でも、花……彩が無いのは、何だか物悲しく感じる。別に、無くても良いのだけれど。 なんだろう。花からは甘い蜜も取れるし、あわよくば蜂が寄ってきて蜂蜜を取ることが出来るかもしれないのになあ。 変なことを考えていると、目の前をバッタが通り過ぎた。 思わず「ひ!?」とか言って、後ずさりしてしまう。驚いた。 も、もうちょっと……本当に、現れる前に何か一言、言ってくれたら良いのに。「通りますよ!」みたいな。 ……言われたら言われたで、きっと不気味なのだろうけれど。 ……何を考えているのだろう。は。 それにしても、小十郎たちは大丈夫なのだろうか。 最北端──って、言ったら、いつきちゃんだよなあ。いつきちゃん。 一揆……かあ。には全く実感の湧かないことだ。おなかが減って、作物がなくて、どうしようもなくて、それなのに年貢を取り立てられて──。 多分、辛いのだろうなあ、としか思えない。 んー、まあ、考えたってどうしようもないこと。は考えを打ち切り、雑草を毟るのに集中をした。 Act53.知らない立場 「くそ、なんだよ、此処──」 息を切らしながら、思わず悪態をつく。視界を隠すように降っていた雪はもっと酷くなり、もう周りの様子がわからない。 小十郎たちのところへと向かっていたというのに、今では何処へ向かっているのかさえ、わからない。此処は、何処なのだろう。 立ち止まり、考えることは出来ない。何処からか現れる農民達が襲ってくるからだ。 冷たく、感覚の無くなってきた足を動かし、どうにかこうにかして進む。 手はかじかんで、武器を落としそうになるのが何度もあった。 「おい、片倉──!」 声を張り上げるが、何も返ってこない。──傍に、誰も居ないのだろうか。 しょうがないから、俺はずっと歩き続けた。 四半刻程度、あるいた頃だろうか。雪が少しずつやんできた頃、右横から殺気のようなものを感じ、慌てて、その場を飛び去る。 すると一瞬遅れて、その場に大きな氷の塊のようなものが振り下ろされた。 息を呑む。なんだよ、これ。初めて見た。 思わず凝視する。氷の塊のようなものの先に、持ち手のような棒がついているのが見えた。 そして、それを持っている人間も。 人間は、怒ったように声を発した。 「お前たちの、お前たちのせいで!」 「なっ……」 幼く、高い声だ。男のそれではない、もの。 雪が止み、人間の姿が目に入る。そこには、幼い娘が立っていた。 小柄な体には似合わない、大きな武器を持って。 「嘘だろ」 俺は、半ば呆然と呟いた。今まで襲い掛かってきた奴らが持っていた武器とは全く違う。 きっと、こいつが──一揆を企てたのだろう、と頭の隅の方で感じ取っていた。 けれど、なんで、こんな幼い娘が、こんなことを企てるのか。頭には疑問が浮かぶ。 こんな、コイツみたいな年の奴らは、外で遊んでいるのが普通じゃねえのかよ。 そんなことを考えていると、娘が又もや大きな武器を振りかぶり、俺に襲い掛かってくる。 それを全部、寸での所で避けながら、俺は少女の顔を伺っていた。 瞳に暗いものが、うごめいている。まるで、元就のようだ。 何かを決心しているのだろう。武器を振り下ろす手には、迷いが無い。 「ちょ、な、なんでだよ」 「お侍なんか! おらたちのこと! 全くわかんないくせにっ!」 「はあ?!」 「おらたちのこと虐げて……っ、そんなに楽しいだかっー!?」 「は、はあ?」 話の突飛についていけない。虐げて、なんて、俺はしてもいないし──、第一、こいつは一体何がしたいのか、と疑問を感じ始めてしまう。 瞳は、俺だけを強く見据えている。手には厚い手袋のようなものをしていて。服は布地の少ない、露出の多いものだ。 雪国の人間だから、このような寒さになれているのだろうか、なんて変なことを考えてしまう。 娘は言葉を発した。 「年貢なんて、年貢なんて……っ、食べるモンもないのに、なんにもないのにっ」 「……」 「病気の子が居るからって、年貢を納められなかったら、死刑なんて……」 「……」 ──感情的に、なっているのだろう。ゆるゆると現実を受け入れていくのが辛くなったのかもしれない。 目の前の娘にとって、この世は生き地獄に近いのだろう。 年貢を納められなかっただけで殺される、そんな重圧に耐えかねて一揆を起こしたのだろうか。 俺と目の前の娘とでは、立場が違うので、どのような経緯で一揆を起こしたのかは、わからない。 娘からの攻撃をかわしていく。武器が振り下ろされた場所にあったものは、抉られて全て、何もかもがつぶれてしまっている。 何だか、その武器が振り下ろされた場所を無意識に見てしまう。 ──ふ、と、緑色をしたものが目を掠めた。何か、と思い目を細める。 緑色のものは、雪の下に埋まって、温かくなるのを待っていたであろう小さな草の芽だった。 「──っ」 目を見開く。隙が生じたのだろう。娘の武器が腹にぶつかり、俺は吹っ飛ばされた。 ごん、と後ろにあった岩肌にぶつかる。あまりの衝撃に俺はその場に倒れ伏す。 あんな娘が、何処にこんな力を持っているんだよ、と悪態をつくと同時に、俺に影がかかった。 「お侍は、嫌いだ!」 「……そ、かよ」 声を出すのが辛い。咳が止まらない。 ──こういうことになるんだったら、嫌でも元就と一緒に行くべきだったのだ。 あいつはあいつの信念、俺は俺の信念がある。 全て、その信念や行動は、自分の中にある『正義』に基づくものだ。 俺と違う行動や考え方は正義ではない、そう考えなければ良かった。 「みんな、みんなっ……飢えて、苦しんでっ、死んでしまったのに……なんで、お侍だけが、のうのうと生きてるだ! おら達が居ないと、何も出来ないくせして!」 「……」 痛みが止まらない。息をするたび、動こうとするたび、想像を絶する痛みが腹、そして背中を襲う。 でも、何故か気絶はせず、俺は痛みが来るたびに苦痛に満ちた声を漏らした。 「う、あ、っは」 「お侍なんか、死ねば良いだよ」 娘が、片足で俺の体を踏んだ。あまりの痛みに声が出ない。 俺がせわしく息をする音だけが、無音の世界に響く。 娘が、声を発した。 「お侍なんかっ!」 「……お前が、一揆を企てたのだな」 「──へ」 言葉を遮って、俺の訊きなれた声が耳に入った。視線をゆるゆると動かすと、想像通り、視界に知っている姿が目に入った。二人……元就に、片倉だ。 娘はいきなり聞こえた声に、思わず変な声を出していたが、直ぐに声の聞こえた方向へと顔を向ける。 片倉が瞠目をし、「子供……っ!?」と唖然としたように声を発するのが聞こえた。 娘は、その二人の姿を目に入れ、俺に乗せていた足を動かし、後ずさった。 手には武器を構え、きっと俺に向けていた瞳を、あいつらにも向けているのだろう。 元就が言葉を発する。 「一揆を企てたもの、そして加わったものは死刑だ。そのことは知っているだろうな」 「……」 「馬鹿だな。このようなことを企てなければ、」 もっと生きられたかも知れぬのに──。元就の声が響く。 感じられるのは、侮蔑と、殺気だ。娘が息を呑む。 片倉が額に手をやり「おい。政宗様からは生け捕れと言われている。殺すなよ」と警戒するような声を発した。 「さあな。わからぬ」 「さあな、じゃねえ。政宗様の命令だ、従え」 元就が「解せぬな」と苦々しげに言い、と鼻を鳴らすのが聞こえた。と同時に、雪を走るような音。そして、武器がぶつかる高い音が聞こえ──、 俺の意識は途切れた。 →NEXT 2007/9/29 |