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──眠ってしまったのだろう、次に起きたのは小鳥のさえずりが聞こえてからだった。ちゅんちゅんと、か細い、けれどしっかりと耳に届く小鳥の声。何処か、近くに来ているのだろうか。縁側とか、そこらへんに。 ……目をぱちりと開く。すると目に入ってくるのは布団の白さだった。ああ、そういえば昨日は倒れこんでそのまま眠っちゃったんだっけ、なんて思う。 布団をはぐと、朝の寒さが身に染みた。うう、ストーブとかさ、こたつとかさ、欲しいよ、すごく……。息をつくと白いのは、やっぱり東北地方ならでは、なんだろう。部屋の中でこんなにも寒いなんて、外はどれだけ寒いんだ。出たくない。ねまきを脱ぐと、体が寒さでぶるっと震えた。がちがちと、歯の音が合わなくなる。 め、めちゃくちゃ寒い……! 急いで用意された青い色をした着物に着替え、手を擦り合わせて暖を取った。くああなんでもいい、カイロとか! カイロ欲しい、すごく欲しい! ギブミーカイロオオオオ! 心の中でそんなことを思いつつ、まあ外に出ないわけにもいかないので、はあ、と溜息をつき俯きつつ障子を開く。一歩、踏み出すと同時に衝撃が走って、は転げそうになった。 Act56.おひとよし 「なっ、なにっ!?」 「……馬鹿か、ちゃんと前を見ろ」 たたらを踏みながらも、何とぶつかったのかを確かめようと顔を上げる。すると、呆れたような表情、そして呆れたような声で、その人は、の腕を掴んだ。 多分、こけそうになるのを止めてくれたのだろう。 「ありがとう、……小十郎さん」 そう言うと、小十郎はを一瞥し、視線を逸らした。 ──いつのまに、帰ってきたのだろう。だって、このまえ行ったばかりじゃないか。 思わずぽかんとしていると、小十郎が言いにくそうに口ごもりながら「……何か言いたいことでもあるのか」と問いをかけてきた。 それに首を横に振り、なんとなく浮かんできた笑みをそのままにしながら、は言葉を発した。 「ううん、帰ってくるの、早いなあ、と思いまして」 小十郎は一瞬、変な表情を浮かべたがそれを直ぐに打ち消して、いつもの──あの、真面目な顔で「……ああ、まあな」とただ一言、呟くように言った。 無言がおちる。小十郎は居心地が悪くなったのか、わからないけれど手を頭に持っていこうとし──途中で眉を潜めた。 その後、小さな舌打ちをし、肩あたりまで上がった腕を下ろした。……どうしたのだろう。 なんてこともない日常の動作だ。けれど、なんていうか、中途半端に終わられると気になるっていうか。 伺うような視線を送ると、小十郎が盛大に顔をしかめて無愛想に「なんだ」と一言、の瞳と視線を合わせた。 「……えーっと、腕……とか、なにか、どうかしたんですか?」 「……」 恐る恐る疑問を口にすると、小十郎は何故か盛大に嫌そうな表情を浮かべ、「……じゃあな」とその場を去ろうとした。えええー、何ー。すごく怪しい。 あの、小十郎さん? と声を出しながら、踵を返した小十郎の肩をつかむと、小十郎の体が一瞬ビクリと震えた。……そっと手を離す。小十郎は顔を此方に向け、「……なんだ」と、若干怒りを滲ませた声音を出した。 こ、これは……なんていうか……。 「け、怪我……ですか」 「……それがどうした」 体を此方の方向へと向け、小十郎は呆れたような溜息をつく。ええー、なんかおかしいぞー。っていうか酷くないですか。っていうか、呆れたいのはこっちなんですけれども。 心の中でぶつくさ文句を言いつつ、けれどそれを口にすることは決して無い。言ったって変な表情を浮かべられるのがオチだ。最悪、小十郎は機嫌をそこねて何処かへといってしまうかもしれない。 出そうになった溜息を押し殺し、は密かに視線を落としてふう、と小さく息をついた。 腫れているのだろうか。すいません、と小さく言っては肩に手をそっと乗せた。冷たい手に、暖かな体温が移る。つつ、と横に手を持っていくと、大きなふくらみを見つけた。多分、打ち身か、それとも──。何にせよ、腫れているのだから怪我をしているのが良くわかった。 伏せた視線を上げ、小十郎を仰ぎ見る。小十郎は、の視線にばつが悪そうな表情をし、「……なんだ、何がやりたい」と、はっきりとした声で言葉を紡いだ。 「痛くないですか」 「……」 「湿布とか、貼ったりしてます?」 「湿布……?」 小十郎の反応に、湿布は戦国時代にない、ということがわかる。えー、だとしたら戦国時代は打ち身とかどうやって治していたんだ。氷とかで冷やしていたのか。 心の中で色々と考えていたら、小十郎が口を開いた。 「金創膏なら」 「き、きんそうこう?」 初耳、っていうかあんまり聞いたことがない。ぽかんとしたような、形容しがたい表情を浮かべてしまったのだろう。小十郎は溜息のようなものをつくと、「金創膏も知らないのか」と呆れたような声音で言う。 いや、知らないのが普通だとおもうんですけれど。多分。知りませんよ、そんなの、と言う。どうせ、っていうかきっと、『知らないのか。説明しなくても良いよな。お前にはわからないだろうし』……なんて言われるんだろうなー、と思っていたら、小十郎は少し逡巡するかのように視線を動かした後、「……鎮痛や打ち身に効果がある」とか細く、呟くように言葉を発した。 ……小十郎が、に、説明をしてくれた? なんてこと無い、いや、けれどっていうかかなり重要だ。この前の『しだらがない』の意味は教えてくれなかったのに。なんの気まぐれなのだろう。 心の中でそんなことを考えていたら、小十郎が怪訝そうな表情を浮かべ、そして 「ちゃんと治療してある、だから」 肩に置いてあるの手を取って、離させつつ言葉を発していた。けれど、何故か言葉の途中で、急にはっとしたような表情になり、言葉をつまらせた。 ひゅ、と息を吸う音が聞こえる。勿論、小十郎からだ。 なんで急に言葉を止めたのだろう。疑問に思って、小十郎の名前を控えめに呼ぶ。すると、小十郎は深い息を吐き、「……なんでもない」と呟いて、の手を離した。 「なんでもないなら良いですけれど。……ちゃんと治療してあるんだね。金創膏、っていうのも貼ってるらしいし」 なら、安心だね。そう言うと、小十郎は、いぶかしげに眉を潜めた。……何故に眉を潜める。え、普通の会話だったじゃん、今さっきまで。おかしくないか。何か嫌な事でも言ったか、。 心の中で自問自答をしていると、小十郎は「お前は」と掠れた声で、言葉を発する。 「……お、お前っすか……。なーんーでーすーか」 「変な奴だな」 へ、変! もう何! この台詞何回目! っていうか酷い。変って、なんだ、変って。人のこと変って言うなって言われませんでしたか。人は皆個性があるんですよ、小十郎さん。 ……なんて、道徳的なことを言っても小十郎ははん、と乾いた笑いを返すだけだろう。何も言えず、じと目で小十郎を見上げる。と、同時に頭に軽い衝撃が走った。 「……へ」 「お前は、……偽善者と言われていたが、そうではないな」 撫で付けるように、頭に乗せられた手は一回動くと、すぐに離された。 「……お人よし」 小十郎が小さく笑う。それに目を見開いていると、小十郎は「じゃあな」と言って踵を返して何処かへと行ってしまった。 ──なんというか、なんていえばいいのか。 「……なんだろう」 微妙に嬉しく思う。は小十郎の笑顔を、はんすうして、ほんのりと笑みを浮かべた。 * その後、顔を洗いにいったわけなのだけれど、小十郎が帰ってきているということは、元就や元親も、もう帰ってきているのだろうな、と、顔を拭きながら気がついた。会いに来てくれないかな、なんていう淡い望みを持つことは出来ない。彼らは彼らで忙しいだろうし、それに帰ってきたばかりなのだろう、多分。昨日は居なかったのだから、多分早くても今日の夜更けには帰ってきた、のだろう。 だとしたら、きっと疲れている。には、それを邪魔することなんて出来ない。 顔を洗ったことによってすっきりした思考で、そんな事を考えていると、後ろから軽快な声がかけられた。 「ちゃん」 「え?」 振り向く。すると、佐助の姿が目に入った。ごしごしと備え付けられていたタオルのようなもので自分の濡れた顔を拭いた後、は佐助に近づく。──一瞬、変な匂いがしたのは気のせいなのだろう。 「お帰り、良かった、無事だったんだね!」 「まあね。もーう、凄くへとへとだよ、これは給料上げてもらわないとワリに合わないって!」 佐助はそう言って、肩まで手を上げて、やれやれといったようなポーズを取る。服は、いつも着ている迷彩服ではなく、緑色の着物みたいだった。袖が腕を上げたことによって、すっとずれ、佐助の腕があらわになる。 日に焼けた、健康的な腕だ。筋肉もほどよくついているのだろうなあ、と思う。 じっと見ていると、佐助が困ったように笑いながら「どうかした?」と訊いて来る。それにううん、何でも、と返すと「なら良いけど」と言いながら、佐助は着物のずれた袖を上げた。 「……筋肉、かあ……」 「え、なに、どうしちゃったのちゃん。急に変なコト言って」 の呟きに驚いたのか、佐助は微妙にひきつった表情を浮かべ、から距離を取った。……そこまでヒくようなことは言っていないと思う。佐助ってば酷い。心の中で佐助を非難する。 そんなの心中を知ってか知らずか、いつのまにやら佐助は顔を洗うために井戸から水をくみ上げていた。 沢山の水をたたえた桶をとり、佐助は手をその中に沈める。そうして、ふう、と小さく息を吐くと水を自分の顔にかけていた。 ──そういえば、佐助は怪我とか、していないのだろうか。ふっと過ぎった疑問は、何故か心の中で波紋をつくる。 佐助、と言葉を発して近寄る。佐助はタオルのようなものを自分の顔に当てながら、くぐもった声で「なにー?」と言った。 手を伸ばし、佐助の背中に触る。すると佐助は「ちょ!」と驚いたような声を出すと同時に、さすが忍びと思わせるような俊敏さでから離れた。 そして、から距離を取りつつ胸を手で押さえながら「な、なな何するのー、驚くじゃん!」と微妙に裏返った声で言葉を紡ぐ。 「あー、ごめん」 「ご、ごめんじゃないって! あー、驚いたー、なに、急にどうしたの。ちゃん、ご乱心?」 「や、そういうんじゃなくって。ただ……」 怪我とか、大丈夫かなって思って……。そう続けると、佐助は怪訝そうな表情を浮かべ、やっぱり怪訝そうな声で「け、けが?」と言う。……なんていうか、そこまで変な事を言ったつもりはないのになあ。 佐助はと視線を合わせ、怪訝そうな表情を一転、嬉しそうな表情に変えたかと思うと、「もしかして」と続ける。 「なになに、心配してくれてるの?」 離れていた佐助が、一瞬にしての近くに寄る。嬉しそうな笑みを浮かべ、弾んだ声で喋る。 ……喜んでいる佐助と裏腹に、は急に佐助が接近してきた驚きで鼓動を大きくした胸を押さえつつ、口を開いた。 「え、あ、うん」 「うわー、ちゃんってば優しいー」 佐助がそう言うと同時に、は背中に手が回るのを感じた。そうして、力を込められ、ぎゅっと抱き締められる。 ……なんだ。なんなんだこの戦国時代。破廉恥にも程がある。 佐助、と息を吐くのと同時に言うと、佐助が「俺様、ちゃんに惚れちゃうかもー」と言い、嬉しそうに手に力を込める。ちょ……、何これ、拷問か! 苦しい、苦しいです、佐助! そんなことを思いつつ、佐助から何とか離れようとすると──、つんとした匂いが鼻を掠めた。 佐助と今さっき遭遇した時に、かいだ匂いだ。 ──それの匂いが、どういうものか認識するまえに、は「も、佐助!」と言って、佐助から離れた。佐助は残念そうな表情を浮かべつつ、「ちゃんってば、顔真っ赤だよ」とからかうような言葉を口から出す。 「も、もう! 何! 怒るよっ」 「あはは」 手を振り回すと、佐助はひょいと身軽にそれを避け、から離れた。くうう、忍びってやつは、これだからもう……! 避けないでよ、と語気を強めて言うと、「うわっ、怒らないでよー、そんなに嫌だった?」と苦笑を浮かべられる。 「……も、真面目にやめてよ……」 そういうのは貴方の好きなかすがさんにやれ。心の中でそんなことを呟きつつ、佐助に視線を向けると、佐助はあはは、と笑う。 その後、「俺様、湯浴みに行ってくるから、又ね」と言い、ひらひらとに手を振って、何処かへと歩いていってしまった。 ……なんていうか、スキンシップ過剰な人が多いなあ……。 佐助に手を振り返し、は小さく息をついた。 それにしても、──佐助に、抱き締められたときの匂い。あの匂いは、前にも嗅いだことがある。 そうだ、きっと、あの匂いは──。 「……だから、か」 佐助が珍しく、いつもの服ではなく緑色の着物を着ていたことも、そうだったのなら、納得がいく。 「嘘じゃないんだ……」 血の匂いが、こびりつくなんて。 →NEXT だから政宗は近づくなって言ったのですよ。 2007/12/21 |