大きな牢。その中に一人の少女が座っていた。柔らかに光る銀色の髪、意思を込めたような瞳の色──自分一人でやったと言えば良い。一揆を企てたのは自分だと。他のものは強制的に参加さえたって、そう言えばきっと、他の者は助かるはずなのだ。自分一人が死ぬだけで済む。一揆は大罪だ。河川敷に打ち首を並べられるか、貼り付けにされて竹やりでさされるか。
少女は小さく息を吐いた。どちらでも良い、ただ、自分の意思を受け継ぐ人が居るならば。この乱世を変えるという──意思を持った人が出てくるならば。


Act57.乱世を変える意思 1


「……あ、ねえ、小十郎さん」


あの“お人よし”と呼ばれてから、数日経ち、と小十郎の仲は少しばかりは進展したように思える。小十郎は前ほどに剣呑な視線を向けてこなくなったし、心なしか語調も柔らかくなったような……。まあ、全部気のせいなのかもしれないけれど。
小十郎は、あの日から毎日と言って良いほどに、の部屋へとやってくる。なんていうか、廊下とかそこらへんを歩き回らないように監視されているような、そんな気分だ。

だから、か。今日やってきた小十郎に対して、疑問を発したのは。

小十郎はの部屋の前の縁側に座り、自慢の刀の手入れをしていた。……そういうのは自分の部屋でやったらどうですか、という突っ込みはしたら切りかかられそうなのでしない。


「なんだ」


短い返答。は部屋から出て小十郎の隣に座ると、言葉の続きを話す。


「今日、城内、慌しくないですか」
「そりゃあ、そうだろう。一揆を企てた奴の処刑方法が決まる日だからな」
「──へ」


思わず唖然としたような声を出したのはしょうがない。え、そんなこと聞いたことが無い。っていうか、知らなかった。
というか、処刑方法なんて決めることが出来るの? 誰が。口に出しかけて、すんでのところで押しとどめる。──こういうのって、政宗が決めるのだろうか。にはよくわからない。

小十郎は刀を光に当てる。目を細め、何か異常がないか確かめている、ように見える。
それから、すっと刀が降ろされた。しゃっ、という音を立て鞘に入れられる。小十郎は立ち上がると、「まあ、打ち首だろうな」といけしゃあしゃあと残酷な言葉を言い放った。


「う、打ち首って……、うそ、でしょー」
「嘘ではない。一揆は大罪だ。からかさ連判状も見つけ出して、一揆を行った奴ら全員も打ち首にしなくてはいけないし、これから忙しくなるだろうな」
「……え、ええ、う、うそだあ」


だって、今回の一揆、って小さな女の子がやったんでしょ?
無意識のうちにそんな言葉を発すると、小十郎は目を細め「良く知っているな」と驚いたような声を上げた。
その後、「──納得が出来ないのか」と若干、声を低めに問いだたしてくる。
そりゃそうだ。だって小さい女の子なのだ。それに一揆だって、したくてしたわけではないだろう、ご飯が無くてしかたなくやったことなんじゃ。


「──お前」
「……へ」


小十郎が呆れたような表情を浮かべてを見てくる。……視線が痛い。


「変なことを言うな。これは決まりだ。決まりを守らないやつを放っておいたらどうなる」


そう言うと、小十郎は額に手をあてて大袈裟に溜息をついた。なんですかこの人。


「でも、決まりって言ったって……、っていうか今年は何? 凶作だったの?」
「……いや、これは聞いた話だが、どうやら一揆を行った村の近くでは野党等の小競り合いが多かったらしくてな。多分、その影響だろう」
「え、だったら」
「そいつらを罰することは無い、か?」


小十郎にセリフの先を取られた。彼は眉をしかめると、の額を手でたたいた。ぱん、と良い音がなる、ってか、痛!
思わず額を抑えて小十郎にうらみがましい視線を送ってしまう。


「馬鹿か、お前は」
「……馬鹿じゃないですー」


小十郎は額に手を当て、「……お前は」と言葉を続けた。


「……政宗様も、どうせお前と同じ考えなのだろうな。あの人は、全く、どうして……」


どうしてそこで政宗に話が飛ぶ。


「政宗がどうかしたの」
「政宗様、だ。無礼を働くな。……政宗様も、お前のような考えをするのだろうと思ってな」


と同じ考え、ということは一揆を企てた人を処刑しない、ということだろうか。首を傾げてしまう。


「政宗様は優しすぎる。……今頃、どうするかを考えておられるのだろうな……」


すっと小十郎は立ち上がると、廊下を軋ませて歩きだした。ん? どうしたのだろう。ついていこうとすると「ついてくるな、そこらへんで遊んでいろ」と言う辛辣な言葉を吐かれる。……え、仲、良いよね? と小十郎。うん、良いはず、良いはず、だよ……。

半ば自分に言い聞かせるように言葉を心の中で繰り返す。小十郎はいつのまにか、どこかへと行ってしまった。きっと、政宗のところだろうと想像をつける。
それにしても、打ち首。別にそこまでやらなくても良いような気がする。止めたい、出来れば。いつきちゃんのことは知っているのだ。……かなり、一方的に。だからか、打ち首になるという事実は、の胸をえぐってくる。

どうしようも、なかったのだろう。小競り合いがあったと言っていたし。


「どうにか、ならないのかな……」


小さく言葉を漏らして、溜息をつく。どうにもならない。には何も出来ない。
は本当に何も出来ないなあ、なんて考えて苦笑をもらした。──とたん。


「ん、何やってんだ、


横から、声が聞こえてきた。聞き知った声だ。元親の、もの。聞こえてきた方向へと視線を向けると、そこにはやはり元親が立っていた。片手を上げ、嬉しそうな笑みを浮かべながらに近づいてくる。


「横、良いか」
「うん、良いよ」


元親の問いかけに、体をほんの少しだけずらして応じる。元親は笑うと、の横に腰を下ろした。着物の裾が崩れ、体に巻かれた布が目に入ってくる。
けがをしたのだろうか。元親に会うのは、彼らが帰ってきてから今回が初めてのことだ。

視線が釘付けになる。それに気づいたのだろう、元親は苦いものをにじませた笑みを一つ零し、着物の裾を治す。それから、の頭を軽く叩き、安心するような声音を出す。


「大丈夫だ」
「……そう? なら、良いけれど……」


頭の上で優しく、撫でつけるように動く手に、自身の手を乗せる。柔らかい温かさが伝わってきた。元親の体温だ。手の動きが止まり、怪訝そうに、ん、と語尾を上げて元親が声を発するのが聞こえた。


「無理はしないでね」


視線を上げ、元親と瞳を合わせる。
元親は、一瞬、面喰ったような表情を浮かべたけれど、次の瞬間にはおかしそうに笑い声を零した。喉の奥底から溢れてくるような、優しい低い声が耳朶を打つ。
乗せた手を離すと、元親の手も離れた。彼は笑うと、のおでこを軽く叩く。痛い。

な、なんで心配したのに叩かれなくちゃいけないんだ……! 文句の一つでも言おうかと、にらむように元親を見据える。彼は表情に穏やかな色を浮かべ、笑っていた。唇の端に乗せるような笑みに、言おうとしていた文句がどこかへとすっ飛んで行く。


「お前が、だろう。
「……は無茶なんかしませんー」


叩かれた場所をさすり、軽く険のこもった声音で呟く。すると、元親の笑い声がもう一度、聞こえた。笑いすぎです。何がおかしいというのか。
心の中でそんなことを考えつつも、けれど──なんとなく安心した。傷を負っていたら、本当に話すことも困難なほどに傷を負っていたら、と思っていたのだ。見る限り、そんな様子はないらしい。

……お腹に巻かれた包帯らしきものが気になるけれど、きっとの視線からそれを隠したのだから、あまり問い詰められたくないことなのだろう。だったら、は訊かない。
そっと嘆息のようなものを漏らすと、元親が、、との名前を小さな声で呼ぶのが聞こえた。返事をする。


「なにー。どうかした?」
「ちょっと、変な話になるけれどよ、お前、小さなころはどんな風に暮らしていた?」


唐突な話題変換に戸惑いを隠しきれない。え、と小さな声を漏らす。元親は、から視線をそらし、縁側の向こう──庭へと顔を向けた。横顔が、わずかに暗い。
小さなころって。どんな風にって。普通に遊んで暮らしていた。


「ふつうに遊んで暮らしていたけれど」
「俺もだ」


返した言葉に、元親の声が被さるように響く。彼は庭へ向けていた顔をへむけ、困ったような笑みを浮かべた。
まあ、部屋の中でひきこもっていたようなもんだけどな。──笑ってそう言い、元親は照れたように頬を掻いた。それから、嘆息を漏らす。


「あいつら──」
「あいつら?」
「……子供のくせして、武器を持ってよ、農民のくせして、俺達に刃向かってきて」


いつきちゃんのことを言っているのだろうか。それとも、一揆に参加した農民のことを言っているのだろうか。よくわからないけれど、訊くことをはばかるような雰囲気があった。
口をつぐんで、元親の次の言葉を待つ。


「どうして、なんだろうな。……俺は間違っていないはずなのに、ああいうのが起こると、間違ったような気分になる」
「元親……?」


名前を呼ぶと、元親と視線が交わった。彼は悲しそうに眉をひそめ、けれどなぜか無理に笑みを浮かべようとして──変な表情を浮かべていた。
何かを言うべきなのだろうか。でも、その何かがわからない。
元親の望む言葉なんて、わからなかった。

どうしようもなく、視線を巡らせていると、元親が不意に後ろに倒れ込んだ。元親の体が縁側を遮るようになる。
おかしそうに笑う声が次いで耳朶を打ち、後ろにひっぱられた。慣性に従って、の体が倒れる。しこたま頭を打った。


「っ、痛──ッ!」
「そこまで痛がるようなもんか?」
「痛いから! 怒るよ、元親っ」
「ははっ、怖い怖い」


頭を抱えて元親に背中を向けて横になる。こ、このう……! いつか、いつか絶対に仕返ししてやる!
元親、と怒気を含めた声で彼の名前を呼ぼうとする。けれど、それは元親によって遮られた。


「まあ、しょうがないよな。やっちまったもんはしょうがない」
「何が」
「──一揆、だよ。気付かなかった方も悪いし、一揆なんて手段を取った方も悪い」


自分本位の考え方だけどな。そうつづけて、元親はだまり込んだ。
どうなのだろう。一揆は──起こさせた方が悪いのか、起こした方が悪いのだろうか。には、わからない。考えてもきっと堂々巡りをするだけだろう。
そっと吐息を零す。そうだね、と言葉を返すと、元親がかすかに身じろぐのがわかった。


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2008/7/24