明智先生が言っていた。
この前、元親が教科書を忘れたとき。
『二度目はありませんよ……?』と。

そのことに元親は気付いているのかいないのか。
まあ、多分気付いていないのだろう。



3時間目:理科



ここ、BASARA学園は、田舎に立てられている。
まあ、田舎と言ってもバスを乗り継げば直ぐに隣町につくし、
の家から学校はそんなに遠くない。せいぜい、片道30分ぐらいだと思う。

元親の家は、の家よりもずっと遠くにある。
片道一時間かかる!と、何度か嘆いていた。それが記憶にとても残っている。




「なあー…、今からさ、取りに行くわけにも、いかねぇよなあー。
 チャイムなるまで後数分しか、無いし。俺ン家遠いし……」


「そうだね、なんだっけ、片道一時間だっけ?
 あ、仮病使えば、仮病」


「ムリムリ、俺、毎日休まず学校来るのがモットーだから。
 学校の授業を仮病でサボるとか、言語道断だろうが」


「そうですか。優等生ー! って言いたい所だけど、
 優等生はこんなにも忘れ物しないしね! 半優等生! みたいな」




ヒューヒューと、声に出してそういうと、元親は顔を歪めた。
え。何、気に入りませんか。そうですか。

は、元親と共に移動教室へと行くことが多い。
休み時間も、良く話している。気があうんだ。とても。

元親と居ると、変に緊張しなくていいし。
ありのままの自分を出せる友達だ。今も。そして、これからもずっと。……きっと。


元親が横で「ああっ、どうしよう、どうしよう、ー!」と、
頭を抱えながら、絶叫する。




「た、確かっ、明智のヤローって、この前、俺に言ったよな!?
 『フフ……、人体解剖も面白そうですね……』って! 俺が忘れモンしたとき!
 やばっ、俺、もしかして解剖される!? し、死ぬぅぅううッ」


「や、まあ、言ってたね。うん。
 大丈夫だよ! 元親! きっと君の事は忘れないッ!」


「なにその言葉! 俺が死ぬって確定してる、してるよな!?」


「大丈夫、元親はの胸の中で生き続けるから、ね!」


「ね! とか、言われても……ッ。
 ほんと、俺、どうしよう……。だれか、俺を助けてくれっ……」




元親が涙声で呟く。元親が此処まで弱気になるのを見たのは、
此処9年付き合ってきて、3,4回目だ。
一回目は確か好きな子に振られたときだったかなー……。
二回目、三回目も、ほとんど同じような理由だったような気がする。

横で、頭を抱えて泣きそうになっている元親を見ている、と。
の頭に、軽い衝撃が走った。後ろからの衝撃。

振り返ると、政宗が丸くたたんだ教科書を右手に持ち、呆れたような面持ちで立っていた。
小十郎も、政宗と同様、呆れたような面持ちをしていた。




「なーにやってんだよ、お前ら」


「いや、それがさあ、元親が教科書忘れちゃって……」


「長曾我部が? HA! バーカ」


「なっ、何をっ……! こんの伊達ぇッ!
 テメエこそ、人の事、言えねぇだろうがよお! 今日、遅刻したくせにぃいっ」




泣きそうな声で怒られても、怖くもなんともない。と、は思う。
政宗が、元親の瞳に涙が浮かんでいるのを見て、一瞬、驚いていた。

その場にうずくまり、元親は小さな声で
「くう……、明智のヤローに……解剖……」と、何度も繰り返した。
その姿に、少し哀れみを感じたのか、政宗が頬を手でかき、そして、元親の救いになるような言葉を言った。




「AH…、まあ、大丈夫だろうとは思うけどな。
 確か、今日は実験だけって言ってたし……、教科書は使わねぇだろ、多分。
 教科書を忘れたこと、黙ってれば…まあ、なんとかなるだろ、きっと」




その言葉に、元親の肩がびくりと震えたのが見えた。
下を向かせていた顔を上げて、元親は「ほ、本当かよっ」と訊く。

元親の瞳は依然として潤んでいる。や、ごめん、…ちょ、ちょっと気持ち悪いよ元親。

女装していたときは、まだ良かった。可愛かった。髪も結んでたし。
そこらへんに居る、女の子より、ずっとずっと可愛かった。本当に可愛かった。

元親が男だと知ったのは、小学5年生の頃だった。
それまでは、──女の子だと、信じていた。
あの時の事は、今でも忘れない。




『元親、より背が伸びたねー』


『そう、かなあ。わたし、そんなに背、伸びた?』


『うん、伸びた、伸びたよー。150ぐらいかなあ』


『そっかあ、えへへ……』


『でも、元親、男の子より大きいね。悲しくない?』


『ううん、悲しくなんかないよ。嬉しいもん』


『でもさ、背が伸びすぎたら、誰かと付き合うことになったらっ、』


『ううん、だって、わたしは良いの』


『へ?なんで?』


『えへへ、教えてあげる。秘密だよ? わたしね、男の子なんだ』


『……へ?』


『だから、どんだけ背が伸びても大丈夫なんだよう。凄いでしょ』


『……え』


『わたしね、ちゃんのこと、だーいすき。
 ちゃんは、わたしのこと、好き?』


『え、いや、あ、うん』


『だから、ちゃんと付き合うことになったら、
 わたし、背が高いほうが良いでしょ? だって、ちゃんの好きな人って──』





……いかんいかん。何を思い出しているんだろう。
一人、追憶にふけっている間に、いつのまにやら話は進んでいたらしい。
元親が、「?」と声を掛けてきているのにも、気付かなかった。

小十郎が、「、どうした。もうチャイムが鳴るぞ」と言って、
の顔を訝しげに見てくる。




「あ、うん、あー……、元親、行こうか」


「ああ、そうだな。
 なあ、、大丈夫だよなー? 俺、大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ、元親なら」


「…? どーしたよ、お前、元気ねェの」


「いや、ちょっと、ね……」




元親が「……変なヤツ」と呟くのが聴こえた。
変なヤツって。酷い。心が傷付いた。ブロックンハートですよ。

少しの傷を心に残しながら、達は理科室へと赴いた。





理科室についた時、明智先生が実験の準備をしていた。
蛙を片手に。

動作がとまる。
へ?なんで蛙?か、蛙?
入り口でボーッと突っ立っていると、明智先生がこっちを向いて、
とても愉快そうに、恐ろしい言葉を紡いだ。




「今日は蛙の解剖ですよ」




逃げ出したい。
この場から、今すぐに。

蛙の解剖って、え。何それ。何で今日。昨日まで普通に勉強していたのに。
明智先生、今度の授業は解剖をしますよ、なんて一言も言ってなかったのに。

後からやってきた政宗と小十郎にも、明智先生は本当に、至極嬉しそうに、
「蛙の解剖をしますよ」と言った。

2人は一瞬、顔を引きつらせたけれど、次の瞬間には「そうですか」と言って、
自分に与えられた席に座りに行った。

高校生は、全然居ない。に、元親に、政宗に小十郎、幸村、あと佐助。
佐助はいつも幸村に付き添っている。幸村の傍に佐助。佐助の傍には幸村。いつもそんな感じだ。


まあ、そんな事は置いといて。
は解剖なんかしたくない。授業だとしても、絶対にしたくない。
元親がに小さく「解剖なんて……したくねえよな」と言葉を漏らす。

激しく同意だ。は顔をブンブンと縦に振った。
元親が「だよな!」と嬉しそうに顔を輝かせ、も「だよね!」と言おうとした時、
チャイムが、鳴った。



明智先生が、蛙を配る。一人一匹。やめてください。2人で一匹じゃ駄目ですか。むしろ、クラスで一匹で良いのでは。

ナイフのような物……、メスを渡される。明智先生が前で解剖の仕方を説明する。
の目の前には配られた蛙。のんきにゲコゲコと鳴いている。
まさか、これから腹を切られるとは思ってもないだろう。


明智先生が「それでは、皆さん、やってみてください。フフフ、アーッハハハ!」と、言って。
周りの人がメスに手をつけて。


も、しなければならない。


けれど、けれどさ、この蛙にだって命はあるんだし、
が実験したい! ってだけで命を亡くすのはどうかと思うし、
それに蛙にだって家族が居るかもしれないじゃん。家で帰りを待ってる家族もいるかもしれないじゃん。
一日お父さん(お母さん?)が帰ってこなかったら、家族だって心配するだろう。

息子(オタマジャクシ)が「お父ちゃん、遅いね」とか言って、
娘(オタマジャクシ)が、「お母ちゃん、腹へったよう」とか言って、
お母さん(蛙)が、「大丈夫、きっと帰ってくるわ」なんて夫を信じて帰りを待ってたりするんだろう。


──駄目だ、出来ない。駄目だよ、蛙を殺せない。っていうか殺したくない。
あ、でも、そんな事言ったら今までが殺してきた蚊とかにだって命はあるんだ。
あの蚊にだって家族は居て、今もまだ帰りを待っている家族が居るのかもしれない。

なんていうか、どう謝れば良いのだろう。ごめんなさい、蚊。



蛙に目を向ける。ゲコ、と鳴かれた。
心なしか目で言葉を訴えてきている気がする。
「やめて! 家族のところに返して!」みたいな、そんな感じ。

わかった、君は家族のところに返すさ……、きっと!
と蛙の間に密かな友情が芽生えた、時。




さん? ちゃあんと解剖してくださいね。こうやるんですよ」


ヒイイイ! ちょっ、蛙が、え?
 なにしてんですか明智先生、あなた、ちょっ、蛙がっ、の蛙がー!!




はそれから二日間、蛙の夢にうなされた。




NEXT

解剖の実験、高校ではする所があるそうで。

色々登場してない(というか、一言も喋ってない)キャラも居ますが、
少しずつ書いていきたいですー。毛利も早く出したい。


2006.10.14